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都市の指標、音楽、標準化、脱炭素―Spatial Pleasureの取組み(後編)

2023/06/28

「シリーズ:脱炭素への取組み」第2回の後編です。

J:
お話を伺っていますと、指標は標準化の世界にも近いと感じました。
鈴:
そのとおりです。標準化もとても重要だと思っています。先程カーボン・クレジットは詳細な方法論を決めているとお話ししましたが、大きく三つの階級があるんですね。1番目は国連が認めている国際認証、国家間のカーボン・クレジットです。2番目は、日本で言うと「J-クレジット」※1などの、国内のカーボン・クレジット取引です。3番目に民間があるんですね。民間の事業者が方法論を作ってカーボン・クレジットの認証をしているのですが、要はこれは民間の人達が新しい経済合理性を作っていると言えますよね。

今はカーボン・クレジットだけですが、私の予想では、これは今後他の指標にも広がっていくと思っています。生物多様性やウェルビーイングもクレジット化されるでしょうし、そうなったときに現状の経済合理性から漏れている新しい「ものさし」をしっかり指標化してパワーを持たせていくことは大切です。
みんなが重要だと思っているけれども「ものさし」がないから無理、となっている部分をしっかり標準化していくこと。これが非常に重要なポイントだと思っています。
J:
ところで、音楽から脱炭素へと測るべき対象(指標)を方向転換されたのはなぜなのでしょうか?
鈴:
この先どうしようかと考えて、一回広くやってみたんですね。一年前ぐらいなんですけど、都市の指標も決めずに、スタンスとしては新しい指標で都市を分析するけれども何でもやりますと。生物多様性でもいいですし観光でもいいですし、カーボンでも何でもいいと。そうしたら、案件が沢山来るようになりました。それらをよくよく見てみると「環境×交通」のご依頼がとても多いことに気が付いて、これは事業になりそうだな、と。
J:
なるほど。時代の要請もあったのですね。日本規格協会はISOのロンドン宣言※2に賛同の意を示しており、本日のインタビューもその情報発信の一環なのですが、都市の脱炭素についてもう少しお聞かせ下さい。
鈴:
都市開発に関しては、デベロッパーもそうですが、今脱炭素をとても気にされていますね。そもそも、脱炭素のスコアが低いと投資すら集められませんし。
また、都市自体には掛からないのですが、事業者に対しては2026年から明確にキャップが引かれる流れもありますし。GX-ETS※3という、国内のミッショントレーディングシステムがあるのですが、既に試行期間は始まっていて、現状は排出量規制の枠組みに参加するかどうかも自由ですし参加した場合にキャップ(どこまで削減するか)の設定も自分達でできますし、間に合わなかったとしてもお金を払わなくてもいいんです。ただ2026年からは強制的に参加をさせられて、キャップも第三者機関がその企業の状況を見て「ここまで下げなさい」と決められ、それを超えると罰則を支払わなければならなくなるんですね。下げられる企業は良いのですが、例えば鉄工所などは難しいです。その部分をオフセットするためにカーボン・クレジットが必要なんです。

ジャカルタの交通領域における脱炭素

J:
ここで、Spatial Pleasure様のジャカルタでの交通領域の脱炭素に関するお取り組みについてお聞かせください。
鈴:
ジャカルタはまず前提として交通渋滞がとてもひどい場所です。統計によっては人生のうち10年間渋滞の中で過ごすそうですが、普通ではありませんよね。渋滞がひどい理由はみんなが自家用車やバイクなど面積を取るもので移動しているからなのです。

例えばBRTやバスで移動するとスペースを減らせるので圧倒的に渋滞を減らせる、というのがまずあります。ただ、バスやBRTを普通に運営しようと思うととてもお金がかかるのでなかなか実行されないんですね。
本来は環境便益がありますし、渋滞緩和にもなるのでもっと実行されるべきなのにされていない。そこで、BRTを開発した場合に生まれる環境便益を定量化しカーボン・クレジット化してその開発を下支えするということを現在私達が行っています。
J:
国内ではあまりニーズが無いのでしょうか?
鈴:
全カーボン排出量のうち20%を占めると言われる、交通領域の脱炭素化を進めるには大きく二つの手段があります。
一つは「エネルギーシフト」でガソリン車からEV車への転換です。もう一つは私達のビジネス領域である「モーダルシフト」で、自動車から鉄道やBRTに移動手段を転換することです。
もちろん国内もニーズはありますが、人口減の現状もありますし、交通領域で大きなカーボン・クレジットを出そうと思うとやはり国外に出る必要があります。
J:
開発途上国の方に大きな可能性があるということですね。
鈴:
圧倒的ですね。ただ興味深いのは、カーボン・クレジットを作るのは開発途上国の方がやりやすいんですが、カーボン・クレジットを沢山必要としているのは日本の方であるということです。世界で見てもトップクラスで必要です。これは日本の「限界削減費用※4」が高いことが理由にあります。日本はスイスに次いで2番目に高いんですね。なぜかというと今までエコなどを大分進めてきているので、これから下げていくのがとても大変なのです。

スイスは人口800万人程度の都市ですが、日本は1億人を超えていますよね。パリ協定では、2030年度に温室効果ガスを2013年度から46%下げなければならないのですが、これは大変なことです。ちなみに京都議定書の時は6%下げると言って、結果1.4%足りなかったんですね。
そのため、環境省が外国から1,600億円分のカーボン・クレジットを買ってこなければなりませんでした。今回は46%減なので、相当厳しいことが分かりますよね。カーボン排出が一番多い発電領域は2030年以降からの排出削減義務なのでそこは下げられません。
この状況下で日本が何をしなければならないかというと、国内ではもう減らせないので国外で日本が技術提供して脱炭素し、そのカーボン・クレジットを持って来る必要がある訳です。私達のジャカルタでの事業もこの一助となればと思っています。
J:
最後に、鈴木様が思い描くこれからの日本の都市のビジョンをお聞かせください。
鈴:
本来であれば「私達はこういう街を作りたい」と提示できるべきだと思いますが、残念ながら今はまだできていません。テーマとして考え続けているところです。
カーボン・クレジットが得意なところは、「マイナスをゼロにする」ところなんですよ。「より固有性のある街を作る」ような、「10点満点で7から10にする」ことは、文化などが得意な領域です。
そのため、現在私達が得意な分野も、交通がバグっているジャカルタのような、「都市のダメなところを真っ当なところまで持っていく」ことなんです。
J:
ジャカルタの場合は、交通渋滞が減って空気が良くなるなど、指標にしても目に見えて成果が分かりそうですが、先程の限界削減費用ではないですが、日本では難しいかもしれませんね。
鈴:
そうですね。個人的には、これからの日本の都市には「均質化されない街のあり方を維持するためのルール」などが必要だと思っていますが、これはカーボン・クレジットなどとは異なるフェーズといいますか、もう1段高いハードルがあります。
J:
都市の均質化の回避は指標を用いてできるものなのでしょうか?
鈴:
難しいですが、できるとは考えています。例えば、「チェーン店比率を一定以下にしなければならない」などです。
ただこれも、私は「バウンサーの指標」と呼んでいるのですが、あくまで悪くならないようにするための指標であって「守りの指標」なんです。
例えばコペンハーゲンでは「The End Of Tourism」というレポートを行政が出していて、観光や都市の様々な指標を作ってるのですが、そこがやっているのは、「観光客しか使えないような新しい施設は禁止する」ということなんです。ホテルであっても1階は現地の住民が使えるようにする。こうすることで、オーバーツーリズムに繋がらない観光や、地域に住む人々を守ることができます。
J:
なるほど。指標に基づいてランキングが行われることもあるかと思いますが、こちらはいかがお考えでしょうか?
鈴:
例えば「ダンサブルな都市のランキング」などができてしまうと、そこをみんな追いかけてしまい、同じ形に近づいていって、結局は均質化してしまいます。
人間の偏差値も一緒ですよね。偏差値とかランキングは、守りの部分、「これだけは担保しなければならない」という部分については、しっかり置くべきだと思いますが、文化の視点ではランキングはしないほうが良いと考えています。

※1 J-クレジット:省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2等の排出削減量や、適切な森林管理によるCO2等の吸収量を「クレジット」として国が認証する制度。
※2 ISOロンドン宣言:ISOが2021年のISO総会で行った気候変動対策への宣言。日本規格協会はじめ、各国の標準化機関が支持を表明している。
※3 GX-ETS:経済産業省が創設したGXリーグにおける自主的な排出量取引(Emission Trading Scheme)のこと。CO2削減量・吸収量を取引できる仕組み。
※4 限界削減費用:1トン当たりのカーボンを下げるのにいくら費用がかかるかの指標。




鈴木綜真

1993年生まれ、大阪出身。京都大学物理工学科在学中、オーストラリア、ボストン、南米など3年ほど転々とする。卒業後、ロンドン大学空間解析研究所(UCL Bartlett School)の修士課程にて都市空間解析の研究を行い、2019年5月にSpatial Pleasureを創業。都市の外部性評価に興味がある。Wired Japanにて「Cultivating The CityOS」という連載を行う。