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都市の指標、音楽、標準化、脱炭素―Spatial Pleasureの取組み(前編)

2023/06/26

「シリーズ-脱炭素への取組み」第2回は、都市・交通領域における脱炭素に取り組まれているSpatial Pleasure様にお話を伺いました。

JSA(以下、J):
本日はSpatial Pleasure様の脱炭素に関するお取り組みや我々日本規格協会の事業の軸である標準化との接点などについて色々お話できればと思います。
鈴木(以下、鈴):
よろしくお願いいたします。

新しい街の指標とは

J:
Spatial Pleasure様は「意味のある都市文明を構築する」というステートメントを掲げられている訳ですが、これはいわゆるタクティカル・アーバニズム※1的な文脈と理解すれば良いのでしょうか?
鈴:
そうですね…文脈としてはおっしゃるとおりです。タクティカル・アーバニズムにはとても興味があり、実際に会社を立ち上げた際には、そのコンテクストで、個人が持っている空きスペースの利活用(スペースマーケットの外版)を促すようなサービスを構想していました。
都市の活用されていないスペースがその空間のポテンシャルが十分に考慮されないままに、駐車場や自動販売機などに置き換えられていくことのフラストレーションからこの様な事業を構想していました。
しかし中々事業としては立ち上がらず、自分の家の鍵を開けっぱなしにしておいて、僕の家のタンスを展示スペースや図書館として使って良いよというような事業というよりアクティビスト的な内容にとどまっていました。
J:
ここでいう交通インフラとは、道路や駐車場のことですね。
鈴:
そうですね。とてももったいない状況だと思っています。どうやってこれを変えていくかについて考え始めてもう6年ほどになるのですが(そのうち事業としてやっているのは4年)、個人に向けたサービスを、タクティカル・アーバニズム的な文脈で実装するのも1つの方法だとは思いつつ僕の関心は「都市の新しい指標を作ること」にシフトしていきました。
J:
「新しい街の指標」とはどのようなものなのでしょうか?
鈴:
現状の経済合理性からはみ出したパラメータを考慮し、都市を長期的に最適化していくということですね。
例えば、現状はデベロッパーが、床面積を最大化するための都市開発をする訳ですが、そうなると公開空地、つまり、建物の周りに空き地を沢山作らなければなりません。
これを床面積以外の別の視点、例えば交通のカーボン排出量の視点で見ると、かなりもったいない事になっているんですね。本来であれば自家用車ではなくバスやBRT(Bus Rapid Transit)※2といった公共交通で人が移動した方がカーボン排出量が減らせるところを、広い道があると自家用車などが沢山来てしまいますから。
この部分の便益を定量化しカーボン・クレジット化するのがSpatial Pleasureの事業になります。
J:
なるほど。具体的にはどのような活動になるのでしょうか?
鈴:
具体的には、「DMRVソフトウェア」というものを開発しています。これは「Digital Measurement, Reporting and Verification Software」というもので、あるプロジェクトやある事業者の環境便益を定量化してその便益分をカーボン・クレジットという金融商品にするソフトウェアになります。
J:
DMRVはどのような事業者に使われるのでしょうか?
鈴:
よく使われているのは、森林を持たれている企業様ですね。森は炭素を吸っているので脱炭素に貢献しています。その部分の脱炭素量つまり環境便益分を計測してカーボン・クレジットを発行するという感じです。
J:
脱炭素量の計測については様々な要因があるため、難しいように思いますが、そこをソフトウェアが行うのですね。
鈴:
そうですね。計測はとても難しいです。ここは標準化にも関連する部分なのですが、カーボン・クレジットを発行するには審査機関が認証した方法論を使わなければならないんですね。
J:
規格的なものですね。
鈴:
そうです。ですが、現状の方法論の多くは、実は京都議定書の時代である2005年に作られたものなんです。つまりデータが取れなかった時代のものです。森林領域で言うと例えば、「調査員を雇って森に送って、その人が森の写真を撮って、木の写真を撮って、どういう木が何本あるかを調べる…」といった感じです。
J:
計測方法はアナログなのですね。
鈴:
そうなんです。これだと、カーボン・クレジットの透明性も低いですよね。そもそも写真ですし、詳細は分からないですし。かつ、調査コストもかかってしまうという問題があります。
J:
ちなみにこれは交通領域でも同じなのでしょうか?
鈴:
はい。交通領域でも一緒でして、例えばBRTが脱炭素にどれだけ貢献しているかを検証するための方法として、現状では、BRTの乗降客に対してアンケートを取ることになっています。「BRTが無かったら何で移動していましたか?」と聞き、「車だった」とか「モータバイクだった」といった回答から、「ではこれだけ代替していますね」としてカーボン・クレジットを発行する訳です。
J:
お話を伺うと、計測の基準が曖昧なようにも感じてしまいますが…。
鈴:
いえ、基準自体はとても明確に決められているんです。「どれだけの量をアンケート調査をしなければならない」ですとか、方法論は細かく決まっています。
冊子で120ページに渡るような、とても細かな決めがあるのですが、やっていることはアンケート調査なんですよ。「2か月に1回アンケート調査をしてください」だったりですとか、交通事業者にとってはとてもお金がかかるんですね。あと、例えば一路線10万人乗るBRTの場合、一回につき数千万円を超えるほどのアンケート調査をしなければなりません。

これを実施することは、交通事業者にとって大きな負担になるので、あまり実施されていないという実情もあります。ただ、今であれば衛星画像がありますので、森林領域でもそれが使われていますし、交通領域で言えば今はGPSデータがありますので、BRTを通した時にどのように人流が変わったが分かり、どれだけ便益があるかがより正確に計算できるようになりました。これを我々がやっているのです。
J:
いわゆるビッグデータ解析に近いイメージですね。
鈴:
そうですね。今まではMRV(Measurement, Reporting and Verification)だったのですが、今ではその方法論のDXという意味でデジタルを付けた「DMRV」が出てきています。ただ、国内でやっているのは私達ぐらいです。
J:
海外ではどうでしょうか?
鈴:
海外でも交通領域はとても少ないですね。まだ私が知っている範囲では一社しかありません。

都市計画のバックグラウンド

J:
ここで、鈴木様のバックグラウンドといいますか、都市の指標に着目されたきっかけについて教えていただけますか?
鈴:
私は元々環境系ではなく都市計画をずっとやっていました。
イギリス・ロンドンに「都市空間計画研究所(The University College London, Center of Advanced Spatial Analysis)」があるのですが、そこで研究をしていて、卒業して4年間ぐらいはホントにくすぶっていました。「音楽×都市」のサービスをやったりですとか、画像解析でストリートの知覚分析を行ったりですとか。概念に共感してくれる人は多い一方で明確な提供価値がないなかで、事業としては立ち上がらなかったんです。
J:
音楽は私達の共通点ですね(笑)。
鈴:
元々高校では物理がとても好きで。重力とか摩擦とか何でもそうですが、物理とは世界の「公式」を作っていくことじゃないですか。
それこそ標準に近いんですが、基準を記述していく、世界を方程式で記述していくことに面白さ、魅力を感じまして。
それで京都大学の物理に行ったんですけど、京大はなかなか通うのが難しいというか、みんなサボっちゃうんですよね(笑)。
J:
それは物理的な意味で、でしょうか?
鈴:
いえ、心理的にです(笑)。京都は楽しいことが多い街ですから。大学に通っていないうちに3年生ぐらいになってしまって、気づいたら材料量子学(先生にはすごく感謝してます)みたいなところに入れられて。でも全然興味がなかったんです。先生は凄く良い方だったんですが、実験を沢山させられるんですよね。そこで優秀な人達は皆企業に就職したのですが、私は違うなと思ったので、バックパッカーのような感じで世界を見に行ったんです。

世界の色々な街を訪れると、街の形状によって人の動きが違う訳ですよ。それがとても面白いと思って。曲がりなりにも物理をやっていたので、人の動きも原子や量子的にシミュレーションできるんじゃないかなと思いまして。
J:
放浪がきっかけだったんですね。
鈴:
はい。バックパッカーで暇でしたから、ずっと論文を読んでいると、イギリスの都市計画研究所がそういった論文を沢山出していることが分かり、さらに調べてみると、物理学者が作った研究所であることが分かり、自分と思想が近いなと。
それですごく楽しみにして、都市計画研究所に行ったんですが、研究を始めると意外とショボくて(笑)。要は指標が少ないんです。「世帯年収どのぐらいの人で、年齢がどのくらい、外国籍の人がどのくらい住んでるからここに病院を作ろう」みたいな感じで都市計画が決まる訳です。

でも色んな街を回っている経験から、私にはもっと沢山の指標・変数があることが見えていました。
例えば、ロンドン大学の研究時代にやっていたのは、ロンドンのナイトクラブで流れている音楽をリアルタイムに取ってきて、その音楽のBPM※3を解析することでした。
J:
BPMを街の指標として使うのは面白い発想ですね。
鈴:
はい。BPMを用いてロンドンの「ダンサビリティ」という「踊りやすさの指標」で街を可視化して、一番ダンサブルな場所に行ったりとか。あとは景観分析ですね。2枚のストリートの写真を人に見せて、「どちらがつまらないですか?美しいですか?」など沢山質問をしていくんです。その教師データを沢山貯めて機械に食べさせると、機械は「どのストリートを人間はつまらないと思うか」を学習できます。次にそのbotをGoogleストリートビューに走らせると、「ロンドンのつまらない場所」などをランキングできる訳です。
そのつまらない場所にみんなで行って飲むとかをしていました(笑)。

そんなことを大学院(ロンドン大学)でやってるうちに、「街の新しい指標」にとても興味を持ちまして。これを人生の一つのテーマとしてやっていこうと決めたのが始まりですね。
それで会社を4年前に始めたんですけど、私がやっていた、景観分析からつまらない場所を探すとかってまぁ儲からないんですよね(笑)。その頃はビジネスセンスが全くない訳ですから。

先程お話した「音楽×都市」のサービスもやりました。これは何かというとSpotifyで一週間音楽を聴いていると、聴いていた音楽の曲調に合わせてガイドマップが送られてくるサービスです。街と音楽の相関からプレイリストならぬ「プレイスリストだ」、なんていうことをやっていて。全然儲からなくて、会社としても半分潰れかけて…。
J:
ユニークな指標だとは思いますが、ビジネス的には厳しかったのですね。
鈴:
ほかにも色んなことをやらせて頂きました。中でも特に印象に残っていて今でもおつきあいさせて頂いていますが、文化庁の方々と一緒に文化財の指標も考えました。
「文化観光推進法(文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律)」というのが2年前からできていて、これまで文化財は文化財保護法で守られていたのですが、守るだけだと収益を生まないので潰れていってしまうという問題意識がありました。
一方で、外国の方達が文化財である京都のお寺を見に来たりしていますから、文化観光として、そこで消費が生まれるようにしようと考えたのです。
ただ、従来の観光のKPIは、「何人来たか?」で測られる世界なので、このような短期的経済的指標を文化財に当てはめるとすごく消耗されてしまうだろうという懸念がありまして。

そこで、ここは標準化に近い訳ですが、もう少し長期的な文化観光の価値を測れる「ものさし」を作るということに取り組ませて頂きました。
J:
20世紀的な、表面的で分かりやすい数字によるKPI設定に対する疑念が出ているのは、企業でも同じかもしれません。ここではどの様な「ものさし」を作られたのでしょうか?
鈴:
シンプルなもので言うと、再訪率ですとか、あとはその文化財を訪問した人たちがどれだけ地域の店で消費をしているか、ですとか、そのエリアのローカル店舗の比率などの指標です。新たな領域の指標開発というのは、新たな概念を証明するための指標という考え方と、実務的に計量してアクションを起こすための指標との間で、かなり難しかったです。
J:
先程の音楽の話に戻りますが、都市の指標としての音楽は、案外重要な要素のようにも感じます。
鈴:
そうなんです。リチャード・フロリダという先生が提唱した「クリエイティブ・クラス」という考え方がありまして。
例えばニューヨークも昔は空き倉庫が沢山あって、全然盛り上がっていないところにアーティストが集まってきて、今度はそれをクールだと思ったデザイナーが集まってきて…という流れで街が変わっていきました。
J:
いわゆるジェントリフィケーション※4ですね。
鈴:
おっしゃるとおりです。リチャード・フロリダは、いわゆる“クール”な人達が集まってくることが土地の値段にも相関がある、ということを最初に示した先生なんです。彼は論文の中でクリエイティブ・クラスの設定として職業を見ていました。フリーランスの方やデザイナーの方です。でも私は今ではもうその設定は古いのではないかと思っています。どの職業でもフリーな方はいますし。
私は、それに代わる要素こそが「音楽」ではないかと思っていまして。今の若い人達はSpotifyやApple Musicで1日に音楽を4.5時間聴くんですよ。これはTwitterやFacebookよりもデータが取れるので、位置情報とSpotifyを紐づけることによってどういう音楽を聴く人達がどこにいるか、音楽からペルソナを作る訳ですね。そこから街の指標に落とし込んで土地の値段と相関を取るみたいなことを最初やろうとしたんです。音楽が好きでしたので。
J:
都市の指標としての音楽は、都市計画事業者に受け入れられたのでしょうか?
鈴:
これが難しくてですね。「精度」と「説明性」の違いとして自分の中では整理をされているのですが、というのも都市の指標を作ろうと思うと、ただデータの精度が良いだけではダメなんです。例えば私達がECサイトからの依頼で「レコメンドエンジンを作って」と言われれば、これは精度だけで良くて、人が沢山クリックをするような商品を精度良く見せることができれば良い訳です。

一方、都市の場合は街を作る合意形成の指標として作らなければならないので、「クールな人」というのは分かったけれど、その元となるデータが「音楽」となると、いくら精度が高いと言ったところで行政などに向けて説明しづらいんです。
J:
街づくりに関する合意形成の関係者は、行政やデベロッパーなど広範にわたりますので、音楽は都市計画事業者が説明する際の合意形成指標としては弱いかもしれませんね。
鈴:
そうなんです。ただ、海外ではそこをメインでやってる方達もいるんですよ。イギリスには「Sound Diplomacy」という会社があって、音楽で外交する、つまり音楽の外部性を評価して街を作っていくことを専門に行う会社があるんです。
そこは街に音楽ベニューを誘致するために指標・データを使っているのですが、私はこれはとても重要だと思っていまして。例えば普通の箱(クラブ)などは、私達のような音楽好きな人からしたら大丈夫ですが、一般の人からすると危険なもの、街のネガティブな要素だと思われますよね。
例えばベルリンは、ナイトクラブが集まってきて、クールな人達がそこに集まってくるので、その部分をカーボン・フットプリントならぬ「クリエイティブ・フットプリント」にする、つまりクリエイティブな足跡がどこから来ているかを辿って、その文化資本に対してお金をつけていますが、これが「Sound Diplomacy」がやっていることです。

※1 タクティカル・アーバニズム:市民主導の仮設的改善等を試みる都市改善運動。
※2 BRT:バスを基盤とした大量輸送システム。
※3 BPM:Beats Per Minute。1分あたりの4分音符の数で曲のテンポを表す。
※4 ジェントリフィケーション:都市の富裕化現象。




鈴木綜真

1993年生まれ、大阪出身。京都大学物理工学科在学中、オーストラリア、ボストン、南米など3年ほど転々とする。卒業後、ロンドン大学空間解析研究所(UCL Bartlett School)の修士課程にて都市空間解析の研究を行い、2019年5月にSpatial Pleasureを創業。都市の外部性評価に興味がある。Wired Japanにて「Cultivating The CityOS」という連載を行う。