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ゾンビと規格の類似性―文化の国際標準化(後編)

2023/07/04

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後編では、文化の国際標準化をテーマに掘り下げます。

文化の国際標準化とは

J:
先生は国際標準化論の講義もご担当されているそうですが、そこで扱われている「文化の国際標準化」についてお聞かせください。
岡:
国際標準化論の講義を担当されていた先生が退職され、誰かが担当しなければならないという状況になりました。
国際標準化論なので、字義どおりに捉えますとISOなどの話をする授業なわけですが、これができる教員がいませんでした。
外から誰か連れてくるという話もありましたが、他大学の国際標準化系の話ができる先生に知り合いもありませんでしたし、でも学生には講義として提供しなければならないし、という中で私が学部長から指名されまして(笑)。
工学的な国際標準化は説明できないので悩みましたが、「ある文化について、それを共有してない人に対しても分かるようにする」ことはある種の標準化と言って良いのではないかと考え、観光の話をすることにしました。
J:
文化理解と標準化というお話なのですね。
岡:
無茶振りを受けて思いついた理屈ではあったのですが、あらためて考えてみると観光とはそういうことなんだと気づかされました。まさに先程ゾンビで起こったことは観光的な話でもあるのです。
観光とは、つまるところ、「その地域に固有の外の人にあまり誰にも知られていない文化を外部の市場に対して商品化する」ことなんです。観光も結局「差異」の産業なので何かと何かの間に差があることが大事なわけです。だから自分が住んでいて日常的に接しているものと全く同じもののために沢山交通費をかけたり時間を使ったりしてわざわざ行くなんてことは無いわけです。
私は観光とは何らかの「差異」を売る産業だと考えています。温泉という環境が日常との差異だったり、アニメの聖地ということが日常との差異だったり、それらの「差異」がどういうものなのかによって変わってくるのです。
J:
いわゆるアービトラージですね。
岡:
そうですね。「差異」というのは良い意味で言えば創造性であったり、観光的な眼差しが注がれるものになる訳ですが、一方で常識からの逸脱になるわけですから違和感を生じさせたり、拒否反応が示されるものでもあるんですよね。
だから観光が目指すべきものは「常識からの最適な逸脱」になる訳です。
「最適な逸脱」は創造性として把握されます。でも逸脱し過ぎてしまうとそれが「怖い」「意味不明」「けしからん」ということになるんです。
J:
「差異」は遠からず標準にも関わる話です。
岡:
ただ、一方で、観光は標準化が徹底してしまうとまずいのです。だから常に「差異」を作り出していかなければならない。そういう特質があるので、実は行政が絡むのが難しい分野だったりもします。
標準化とそれを破ることの絶え間ない循環、絶え間ないダイナミズムでありつつ、観光資源の中にも割と落ち着いたものもあるわけです。例えば温泉という文脈に関してはかなり落ち着いた観光資源です。だから温泉そのものが飽きられることはあまり無く、温泉地である事によってその地域を一つのコンテンツだと仮定すると、そこは「温泉地」というジャンルの中に入ることができる訳です。
だから「どこの温泉に行こうか」は、「ゾンビ映画何見ようか」と同じ働きをします。観光地といえどもずっと変化し続けなければならない訳ではなく、一定の市場が存在する場合は確固たる地位を築くこともできます。

標準化と差異

J:
観光地の日常との差異を考えた場合、観光地はやはり「ローカル性」を打ち出すことが必要になるのでしょうか?ジェントリフィケーションではないですが、どこに行っても同じような街ではつまらないというのはありそうです。それより、ローカルな特色を打ち出した方が、差異を作るうえでも良いように思いますが。
岡:
これがですね、観光の面白くかつ厄介なところでして。結局は「どこを市場にするか?」ということなんですね。例えば、奈良県に海外のお客さんが沢山来るとても有名な寿司店があるのですが、おかしいと思いませんか?奈良県ですよ。
J:
たしかに、海がありませんから不思議ですね。
岡:
そうなんです。日本人の感覚からすれば、「なぜ奈良まで来て寿司屋に行くの?」となりますよね。海が近いところの方が寿司は美味いだろうと。実はこのお店は寿司の握り体験をさせてくれるんです。普通のお寿司屋さんであれば、修行してからでないと寿司を握る場には立てないとか、素人が寿司を握るなんてとんでもないという雰囲気がある中、この奈良のお寿司屋さんは、昔気質の職人の方がやっていたそうなんですが、その娘さんが思いついて海外に売ることを始めたそうです。そうすると海外のお客さんにものすごくウケて、インバウンドで人が沢山来たという事例なんです。

日本人からすると、伝統的な感覚からすると、このお店は寿司屋のジャンルとして考えたら、もしかするとイロモノに分類されてしまうのかもしれません。ところが海外の人からすると別に奈良であることは悪く働かないわけです。奈良が内陸と思っているのは我々日本人だけで、そもそも海外の方々からしたら日本自体が島国なので、海の国だという理解をすると思うんです。
このような形で、「どういう認識の誰に対して売っていくか?」によって差異が生じるか生じないかは変わってくるんです。
J:
面白いですね。標準から少し軸をずらすことで、新たな文脈が生まれ、ビジネス的に成功した事例とも言えそうです。
岡:
福島県に「UFOふれあい館」というものがありまして、UFOで町興しをしている地域がありますよね。私はあれは本当に革命的な発明だと思っていまして。
J:
初代所長の三上さんにお話を伺ったことがあります。ツチノコで町興しをした地域もありますね。
岡:
はい。奈良県下北山村などですね。『巡礼ビジネス』という本で私は「ツチノコ観光」について書いたのですが、ツチノコ観光もすごい発明だと私は思っています。
それらは「見えないもの」を売りにしている訳じゃないですか。見方によっては詐欺ですよね(笑)。詐欺というのは言い過ぎですが、見えないものを資源にしている非常に面白い取り組みです。ツチノコが居ないことは分かっていて、ほぼ確実に見ることはできない。でもそんなことはお客さんの方も分かっていて、その共同幻想を売っているのです。
UFOもまさにそうで、見たという証言が多いという話はあるが、「UFOを見せます」と言って来てもらって本当に見えるのか?といえば多くの場合見れないと思うんですよね。冷静に考えれば、地域の町興しをする上で、UFOのような地面から浮いているものを使うのは変です。
これはツアー商品だったら下手をすれば返金対応ですよ(笑)。でもこれは人間の想像力の遊びな訳ですね。

ただですね、ここには真正性といいますか本物性は存在していて、例えば、東京のど真ん中で「ツチノコが存在します」と言ったら「それは嘘でしょう」と皆思う訳ですよね。「UFOが見えます」と言った時もやはりそれなりの説得力、何か存在するなどは必要ですよね。
明るくて人がいっぱいいるようなところでは多分UFOは見れないでしょうと。UFOが見えそうな環境といいますか、何らかの皆の共通了解のようなものがあって、福島のちょっと離れた山村であったり、そこにちょっと変な構造物が幾つかあるなど。そういう謎のものがあるところに出そうだという期待がある訳ですよ。
その期待感を売っていくことをやっているのです。でもこれは本当に見事です。
J:
UFO文化は世界中に認められてもいますしね。
岡:
好きな方は沢山いらっしゃいますね。だからニッチなように見えて市場はかなり広いのです。このような「差異」の付け方もある訳なんです。

共同幻想を売る

J:
考えてみたら面白いですね。両方とも見えないものですし。共同幻想を売るという行為は、互いがその物語を共有しているからこそ成立する世界ですね。
岡:
そうなんです。ある種人間の脳が備えている高度な機能を使った観光だと思いますね。ただ、これは観光ですので、結局はお客さんに来てもらったときに、どれだけ体験として満足してもらえるのかが最終的には重要になります。
ネタ的に面白いというのは良いのですが、これまた別の側面がありまして、例えば、「ふなっしー」はものすごく人気になって、全国区になりましたけど、ではあれを見て船橋市に行った人がどれだけいるのか?といえばどうでしょうか?
J:
それはあまりいないかもしれません。
岡:
コラボグッズなど関連商品が売れるという意味での経済的成功はあったと思うのですが、「ふなっしー」がいるから船橋に行こうという人は、いたとは思いますが、あれだけの露出があった割には多くはなかったはずです。
結局観光は「人を動かす」という話になりますから、話題だけではダメなんです。
観光はそこが難しいところでして、いくら動画がバズったからといって人が本当に来るとは限りません。
J:
お話を伺って、アニメの聖地巡礼も共同幻想を使っていると理解しました。
ただ、観光という産業で言えば、更に踏み込んで何か仕掛けが必要ということなのですね。話題性は人を誘う要因にはなるけれど、顧客満足につながらない可能性もあると。
岡:
そうですね。先日VTuberの「周央サンゴ」さんと「志摩スペイン村」がコラボしましてすごい人が来たんですね。志摩スペイン村はとても交通アクセスが悪い立地なのです。近鉄の沿線開発の一つで、90年代にできた「リゾート法(保養地整備法)」によって生まれた第一陣のテーマパークです。ハウステンボスなどと同時期だったと思います。

「リゾート法」は、地方によくある、突然ドイツのお城が立ってしまうような状況を出現させた法律なので、「志摩スペイン村」も実は観光研究の文脈ではとても批判されました。そのため、2000代後半ぐらいからは「地域の本当の良さを見つけて磨いて売り出しましょう」という方向性がよく言われました。
J:
地域の持つ良さを打ち出すのは正しい姿である気がします。
岡:
そうですね。海外旅行が憧れ・標準であり、多くの人達のニーズだったので、都心部から少し離れた場所に海外を感じられるような施設を作れば、リゾート地になるだろうというのが、そもそものリゾート法の意図だったのでしょう。

ただ、時代が変わるとそうではなくなっていく訳ですね。志摩スペイン村も出来て最初の頃は良かったようなのですが、だんだんお客さんが減っていき、ついには非常に人気のないテーマパークとして有名になってしまいました。
周央さんはテーマパークを紹介するという特技を持っていて、ご自身の雑談配信で志摩スペイン村を取り上げたのです。「非常に空いていて待たずにアトラクションに乗れるので素晴らしい」、「チュロスは世界一美味しい」と。これがきっかけで周央さんのファンの方々がコラボイベント時に沢山来たのです。

VTuberの物語とは

J:
コンテンツツーリズムの一つの事例ですね。
岡:
はい。コンテンツツーリズムの最新事例として追いかけているのですが、面白いと思うのは、アニメには物語が存在するので、感情的にその地域に近しくなる現象が起こるんですね。キャラクターが活躍したとか、何か感動的な物事が起こったという話がメディアを通して事前に体験されるので、その場所に行ってみたいという気持ちが生じます。
でも、VTuberには物語が存在しないにも関わらず、沢山の人が訪れたのです。
その理由は一体何なのかと考えた結果、それはユーザーとの「時間」である事が分かりました。VTuberが配信する時にチャット欄でファンの方々が書き込みをするのですが、そのやり取りを重ねた時間こそが物語なのです。
J:
なるほど。「時間」の共有ですね。
岡:
周央さんとYouTubeの画面越しではあるけれど、一緒に時間を過ごしてきたことが、一人一人のユーザーにとっての物語になっていて、彼女が紹介したことや志摩スペイン村とコラボして頑張っているというその周央さんの成功物語でもある。それをファンが「応援しよう」と思うのは自然なことだろうと見ています。

結論をお話しますと、「自分事かどうか」が大事なんですよね。観光にしてもそうですし、誰かが何かの行動を起こす時も。他人事だと動かない。自分事であるということはかなり大事なんです。
J:
自治体の観光戦略でそのアニメのキャラクターを置いただけの地域が批判されましたよね。これはコンテンツを理解していない提供側の発想であって、ユーザー心理が分かっていないところに原因があるのだと思います。
岡:
その通りです。自治体からコンテンツツーリズムやアニメの聖地巡礼等々のご相談が良くあるのですが、一番の肝の部分は今おっしゃった通りのところです。ただ、これは非常に標準化しにくいんですよね。規格になりづらいのだと思います。
成功を定式化しにくいところがありますし。ただ、ファンは分かるんですね。要するに消費者はアンテナの感度が高くて、「こういうのはやり方が良くない」とか「誠実なやり方をしているから応援できる」といったメタ的な認識を持っているのです。
J:
標準化は全てに適している訳ではなく、不向きな分野や敢えて標準化しない方がよい分野も沢山あります。また、標準化することによって生まれるマイナス面があるのも事実です。

収束と発散

岡:
ゾンビの話もそうですが、「収束と発散」みたいな話ですよね。何かを大量生産しようとなった時には標準・規格が非常に効果を発揮しますが、人は飽きが来ますし、新しいものを生み出すようなメカニズムも必要ですよね。プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションの話に近いですが。
J:
標準化でよく出す事例にヘンリー・フォードが作った「T型フォード」という車の話があります。この車は標準化の恩恵を受け、世の中に広く普及したのですが、結局ユーザーから飽きられることになりました。
今度はバリエーションを作ったGMの車が売れるようになったなど、標準化とそれを越える新しい標準のサイクルは常に動き続けています。
岡:
おそらく観光はそのサイクルの回転が速いのだと思いますね。
J:
最後に岡本先生にとってのスタンダードについてお聞かせください。
岡:
そうですね。私はアニメの聖地巡礼、ゾンビ映画、eスポーツ、VTuberなど様々な研究対象に興味を持つのですが、それらの共通点は、「標準になってないもの」なのです。
多くの人が詳細を知らないものに自分が飛び込んでいって、その面白さや、その中で行われている人間的に素晴らしいこと、人の創造性発揮の素晴らしさなどを多くの人にお伝えすること。ここに自分はいつも惹かれます。これが自分にとっての標準であり、仕事の行動原理になっています。



岡本健

近畿大学 准教授。総合社会学部および情報学研究所に所属。
観光社会学、メディア・コンテンツ研究が専門。アニメ聖地巡礼、コンテンツツーリズム、ゾンビ、VTuber、ゲーム(アナログ/デジタル)などの現代文化を幅広く研究しており、「ゾンビ先生」としてVTuber活動も展開。著書に『大学で学ぶゾンビ学』、『巡礼ビジネス』、『アニメ聖地巡礼の観光社会学』、『コンテンツツーリズム研究[増補改訂版]』、『ゆるレポ』など。