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特別寄稿 「コロナ禍を踏まえた“ニューノーマル”時代の事業継続マネジメント」
現代の社会経済は、人・モノ・金・情報をサプライチェーンなどの物理的なネットワークやインターネットといった電子的なネットワークを介して、時空を超えて高速かつ大量にやりとりすることの効率性を上げながら進化してきた。
今回のコロナ禍は、人間が生み出したこの効率的なグローバルネットワーク上で高速・大量かつ長距離を行き交う人流や物流に新型コロナウイルスが「便乗」することで、皮肉にも人間がウイルスの拡大攻勢を助ける構図によって生み出された。
そして、この1年を越える期間、都市封鎖、入出国制限、外出自粛、生産・操業停止などにより、グローバルサプライチェーンの途絶や停滞が連鎖的に世界各地の製品・サービスの供給を滞らせた事象も散見された。このような途絶・停滞の連鎖については、今年で10周年を迎えた東日本大震災やタイの大洪水でも発生したが、これは高度に効率化されたネットワーク型社会の「光と影」の「影」の部分(脆弱性)と言える。
このように混乱を究めたコロナ禍において、事業継続計画(BCP)を策定済の企業群の中には、自然災害とは異なり、人間の対応に呼応しながら世界同時多発的、かつ中長期的に刻々と変化し続ける状況に、BCPの発動を躊躇したり、場当たり的な対応でしのいだり、政府や自治体からの補助金・助成金を当てにせざるを得ないような状況に陥る企業も多く見られた。
そもそもBCPの枠組みは「あらゆるリスク(all hazards, all risks)」に対応できるものであるはずだが、日本では組織や地域を超えた共通リスクとして認識されやすい地震への対策として始まり、途中、2009年の新型インフルエンザ対応の要素を組み入れたものの、その後は引き続き地震を中心とした自然災害を強く意識したまま進化してきたことが、コロナ禍対応に限界があった大きな背景だと考えられる。
日本でもようやくワクチン接種が全国的に開始され、コロナ禍もピークを越えつつある兆しも見えて来たことから、今後、私たちはウイルスとの共存を目指しつつ、「ニューノーマル」な生活様式や価値観にシフトしながら、「次なるリスク」の発生に備えなければならないフェーズに入った。
その「次なるリスク」は、選り取り見取りである。世界経済フォーラム(WEF)の「グローバルリスク2021」でも、気候変動による天候変化の激化、自然災害の激化他の環境系のリスクが上位グループを占めており、実際、日本でも最近の台風、豪雨、豪雪等の風雪水害の激甚化・頻発化といった目に見える形で顕現化している。
また、社会経済活動のグローバルサプライチェーンへの過度な依存に伴い、住宅建築に必要な木材輸入が滞り価格が高騰する「ウッドショック」、巣ごもり需要の膨らみに伴う物流の急増による国際海上コンテナ不足、そして、スマホ・パソコンや自動車分野の需要の急拡大に開発・生産能力が追い付かずに発生した世界的な半導体不足といった自然災害以外に起因する状況にも対応しなければならない。
以上のように、BCPに基づく事業継続マネジメント(BCM)を取り巻く環境が激変する状況を考えると、企業にはこれまでの経験や慣習に捉われない柔軟な発想と決断に基づく臨機応変な行動が求められる。実際、コロナ禍でも成長した企業群の中には、それまでの事業を単純に継続するのではなく、ビジネスのやり方を変えたり、更には業態までをも変えてしまったような企業がある。
このような対応をISO/TC292(Security and resilience)では、レジリエンスをBCMSの上位概念として位置づけることで整理しようとする議論が始まっているが、何も新しい概念は必要なく、もともと「あらゆるリスク」に対応できるよう定義されているBCP/BCMの柔軟性の向上を図れば良いと考える。
コロナ禍収束後も、社会経済の復興や成長を求めてネットワークはさらに進化するはずであるが、一方で私たちは、その「光と影」の両側面を見据えながらニューノーマルな日々を更なる柔軟性を持って過ごし始める必要がある。
2021年7月7日寄稿
> ISO/TC292(セキュリティとレジリエンス)の動向はこちらから
<筆者紹介>
渡辺 研司
名古屋工業大学大学院社会工学専攻・教授、リスクマネジメントセンター防災安全部門長(兼務)
専門はリスクマネジメント、事業継続マネジメント(BCM)、重要インフラ防護
内閣重要インフラ専門調査会・会長、国土交通省審議会運輸安全確保部会・専門委員、ISO/TC292(Security and resilience)・エキスパート、同 国内委員会SG1委員長、農林水産省食料安全保障アドバイザリーボード・メンバー、人と未来防災センター・上級研究員、防災科学技術研究所・客員研究員、日本政策投資銀行BCM格付けアドバイザー、などを兼務。工学博士、MBA。