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ロングインタビュー 辻本美博氏に聞く「スタンダード」(中編)

2023/06/14

★アンコール掲載(初掲:2020/08/07)★

前編では辻本さんに管楽器との出会い~楽器のコントロールについて伺いました。
中編ではセルフマネジメントやカイゼンなどについてお伝えします。
なお、サムネイル画像は、辻本様撮影の写真です。


セルフマネジメントについて
取材陣:
ご自身の調子を保つのも大変だと思うのですが、セルフマネジメントの方法はあるのでしょうか。当然落ち込む時もあれば上がる時もあると思います。いつでもベストなパフォーマンスを出すために心掛けていることは何でしょうか?
辻本氏:
基礎練習をちゃんとすることですね。それに尽きます。睡眠をしっかり取るなど、体調管理をすることは基本としてありますが、それを一旦置いておくとすれば、やはり基礎練習がポイントですね。
取材陣:
先程「筋トレ」のお話が出てきましたが、基礎練習というのは基本のフレーズを練習するということなのでしょうか?
辻本氏:
そうですね。まず身体のストレッチから始め、呼吸を確認して、次にロングトーンという1音1音長く伸ばす練習をします。日によって音色や音程が微妙に変わっていたりするので。イメージ的には、ロングトーンで土台を作り、ロングトーンで出した1音1音を録音していて、それを切り貼りしたかのように演奏できることがベストなんです。その基礎の上に、指を動かす練習やタンギングという舌を動かす練習を重ねていきます。それらの一連の基礎メニューは1時間もあればできます。
取材陣:
なるほど、基礎的なトレーニングが一番のベースになっている。それができないと調子の波が現れた時に一定の状態を上手く維持できなくなるということですね。
辻本氏:
明らかに基礎が足りてない時は絶対的にパフォーマンスが下がります。あまりないようには心がけているのですが、年に1回くらいはそういう時があります。振り返ってみると日々の基礎というよりも当日の基礎が足りなかったこともありますね。
カイゼンの方法とメタ認知
取材陣:
我々の世界では「PDCAを回して改善する」という言い方をするのですが、辻本さんは演奏家として演奏の改善や効果測定をどのようにされているのでしょうか?
辻本氏:
深く検証する時は録画や録音を確認します。演奏中、熱くはなっているのですが記憶はあって、上手くいっている時の記憶は流してしまいますが、明らかにパフォーマンスが下がってしまったシーンは思い出して振り返ります。基礎のこともあるのですが、例えば、演奏した曲が新曲の場合、暗記テストのように曲を曲として記憶する練習も必要です。この場合は、暗記できていなかったことがパフォーマンスを下げる原因にもなり得ます。上手くいかない時は原因がはっきりしていることが多いですね。
取材陣:
やはりメタ認知なのですね。そこで原因を突き止めて改善していくと。
辻本氏:
基本的にはそうですね。ただ、お酒を飲みながら演奏しているバンドもあり、そのモードの時は自分を俯瞰的に見ることをあえてしない時もありますね。
取材陣:
辻本さんがお酒飲まれて演奏されるのですか?
辻本氏:
そうですね。POLYPLUSというバンドでリーダーをやっていまして、セッションバンドというスタイルで、楽器同士での「会話」つまり「セッション」をするのですが、楽器同士で相手がこう言ったら(演奏したら)、こっちもこう言い返し(演奏し返し)、そこにお客様のリアクションを含めて、盛り上がって波を作るライブをやっています。
お酒を飲んでいる方が本音でしゃべるしテンションも上がるというある意味昭和的な発想のバンドですね(笑)。ただ、このバンドでやっているのは例外のお話で、基本的にはメインで所属している「Calmera(カルメラ)」でのライブパフォーマンスは、熱くなっているところを自分にもお客様にも見せている感覚で上から自分をコントロールしているイメージですね。
どうしてそうなるかというと、演奏している時にフロアのお客様のリアクションを見ながら演奏しているからです。自己陶酔している感覚にならなければ、自分を客観的に見られるのかなと思います。
プロとしてのモチベーション
辻本氏:
先程の効果測定の話の続きですが、個人的には、昔の「筋トレ」時代では自分のために演奏していている割合が大きかったです。「これができるようになって嬉しい」とか、「早いフレーズを吹けておもしろい」とかですね。それからお仕事として演奏をやらせてもらうようになって、人様に自分の演奏をお届けできる環境が増えたのですが、自分がいくら上手く演奏出来ていても、お客様が0人であったら存在していないのと一緒ですし、技術的なクオリティが高い演奏ができて、仮にお客様が1,000人いたとしても、その人たちに届かないこともあります。逆に1音で1,000人に届かせることができたこともあります。
いかにお客様に届けるか、を意識するようになりました。
標準と逸脱-個性の確立と新たなスタンダード化
取材陣:
ジャズには音楽的に正しいやり方、「標準」があると思うのですが、一方で「インプロヴィゼーション」、いわゆる即興で演奏することもあると思います。この「標準と逸脱」をどのようにお考えでしょうか?
辻本氏:
標準がないと即興はできません。最低限楽器のコントロールができなければ、即興演奏も何もないですよね。簡単に言うと「ドレミファソラシド」の基本的な音階がありまして、「ドレミファソラシド」があるから即興演奏があり、セッションができるのですが、それを抜きに即興演奏もセッションも無理なんです。楽器の技術と音楽の最低限の基礎、この2つがないと成り立たちません。
取材陣:
まず「標準」が分からなければならいのですね。そうでなければ最低限の音も出せず、共通言語で書かれた楽譜も読めず、演奏による会話もできないと。今度は、その逸脱を個性として捉えた場合、個性はプレイヤーによって様々だと思いますが、個性の確立は、新たな「スタンダード」の確立となるようにも思います。例えば、「この音は辻本さんの音だ」と皆が分かるようになることは、これも「標準」を作ったと言えるのではないでしょうか。
辻本氏:
正におっしゃるとおりです。例えば100m走を8秒で走ったとしたら誰が何と言おうと世界一じゃないですか。ただ、音楽のコンテストで優勝したとしてもかなり限定的で、数字で測れない部分も多いのですが、僕が思うには音楽家にとって「この人の曲はこうだな」とか「これはあのひとの演奏だな」と認識されること、曲や演奏が標準になることは通過点である事に変わりはないのですが1つの大きなゴールだとも思っています。
ただ一般的に演奏が標準になるのは、その人が亡くなってからというケースが多いイメージです。いわゆるジャズスタンダードですね。現代でも新たな曲が日々生まれていますが、今生まれている曲が、曲を生み出した人が生きている間にジャズスタンダードに数えられることはあまり多くない印象ですね。
ですので、生きているうちに「これは誰それのスタイルだな」と認められるのは1つの目標ですね。その点で言うと、「筋トレ」を永遠に続けて、とにかく指が早いとかになっても、それがスタンダードになる可能性はあまり高くないですね。抽象的になるのですが、曲の雰囲気とか演奏のパワーとか、そのスタイルを真似しようと思うフォロワーがどれだけいるか、などが1つの「基準」になりそうですね。ジャズの世界では、チャーリー・パーカーというサックスプレイヤーがいて、当時斬新なことをしていて早くに亡くなられたのですが、その後、ジャズのビバップというスタイルのアドリブの基準になっていますね。
取材陣:
そういう意味ではジャズの世界で「基準」を作るのはものすごく大変で、もはや偉業に近いですね。
辻本氏:
めちゃくちゃ大変ですね。ジャズの教科書に載るレベルですね。
取材陣:
ジャズのスタンダードが分かった気がします。規格は一度できたら常に内容が最新に保たれるようにアップデートを続けていくのですが、ジャズの世界でも新しいスタンダードが生まれて、やがてそれがアップデートされていくことにもなるのですね。

後編に続く



辻本美博 クラリネット&サックス奏者

奈良県奈良市出身2月14日生まれ。中学、高校時代は吹奏楽部に所属し、クラリネットを演奏。高校時代は全日本吹奏楽コンクールに2度出場し、いずれも金賞を受賞。その間クラリネットソロにおいても数々の賞を受賞しクラリネットソロ演奏活動を始める。大学進学後はALS JAZZ ORCHESTRAにてアルトサックスと出会い、サックスプレイヤーとしても活動を開始。同ビッグバンドにて、全国大会である山野ビッグバンドジャズコンテストにおいて上位入賞。

現在は2013年にワーナーミュージック・ジャパンよりメジャーデビューしたエンタメジャズバンド『Calmera(カルメラ)』のサックスプレイヤーとして活動中。直近リリースした3作品はオリコン週間インディーズチャートに連続してトップ10入りを果たす。ライブ活動も『SUMMER SONIC』をはじめ野外フェスへの出演、大阪・なんばHatchで開催したワンマンライブでは1200人を超える動員を記録するなど精力的に活動している。ライブのキラーチューンである『犬、逃げた。-ver. 2.0-』がSONY『h.ear ×WALKMAN(R)』(ソニーマーケティング株式会社)のテレビCMソングに起用されたことでも話題に。

また、辻本美博としては、2014年に奈良県天理市から天理市を代表するミュージシャンとして委嘱を受け『天理市PR大使』に就任し、2015年9月には自身初となるクラリネットソロリサイタルを天理市文化ホールにて行い盛況のうちに成功をおさめた。2016年7月には世界的木管楽器メーカービュッフェ・クランポン・ジャパンからの委嘱を受け『ビュッフェ・クランポン・ジャパン公認アドヴァイザー』に就任。同月にはMotion Blue YOKOHAMAでのソロ公演も成功におさめた。その後、国内唯一のクラリネット専門誌『The Clarinet』での連載にも抜擢。そして近年は自身の演奏活動だけでなくアーティストサポートやテレビ・映画・CM等のレコーディングにも積極的に参加しており近年では『映画 四月は君の嘘』『アニメ 恋は雨上がりのように』『フジテレビ系月9ドラマ コンフィデンスマンJP』『NHK土曜時代ドラマ ぬけまいる』等々の作品に参加している。