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ロングインタビュー 辻本美博氏に聞く「スタンダード」(前編)

2023/06/14

★アンコール掲載(初掲:2020/07/10)★

「ウィズ・コロナ」と呼ばれる昨今、多くの企業、組織が急激な環境変化にさらされています。「ニュー・ノーマル」という言葉に代表されるように、これからは「新たなスタンダード」(標準)の確立が求められているように感じます。
ご存知のとおり、「標準(スタンダード)」は定番の意味も持ちますが、一方で世の中の情勢に合わせ常に変化を続けて、「最新の状態」を保つことが必要なのです。
そこで、プロのクラリネット&サックス奏者として、楽曲制作からライブ、CM・TV・映画の劇伴レコーディング参加まで幅広く活躍されている辻本美博氏に、音楽雑誌ではできない?ロングインタビューを敢行しました。管楽器との出会いを始め、楽器との付き合い方、標準と逸脱、カイゼン等についてお話を伺い、「新たな時代のスタンダード」のヒントを探ります。全3回の連載です。
なお、サムネイル画像は、辻本様撮影の写真です。

辻本美博(TsujimotoYoshihiro) - Cabin

管楽器との出会い
取材陣:
クラリネットとサックスを始められたきっかけを教えてください。
辻本氏:
もともとは中学校の吹奏楽部でクラリネットを始めました。吹奏楽部に入る人は、だいたい小さい時からピアノを弾いていたとか、家族の誰かが楽器を弾いていたとか、そういう経験や影響があるのですが、僕には全くそういうのはなくて、最初はバスケットボール部に入ろうとしていたんです。中学校に入ったら何か頑張るものを1つ決めようとしていて、クラブ活動に熱心な中学校だったこともあって、最初はバスケ部に仮入部しました。ところが1週間やってみて、いまいちしっくりこなかったため、結局入部は見送りました。それから1週間は帰宅部でダラダラしていましたが、これではマズいと思って自分でも分からないのですが、ふと吹奏楽部に入ることにしたのです。
取材陣:
管楽器との出会いは偶然だったのですね。
辻本氏:
吹奏楽部に入部したのは5月で、既に他の生徒は皆希望の楽器が決まっていて練習が進んでいる状況でした。既に出遅れていた僕はふらっと吹奏楽部を見学に行ったのですが、先生と3年生の先輩に「見学の子か?希望の楽器はあるか?」と聞かれ、「特にないです」と返したら、クラリネットを渡されました。初日は試しに音出しをして褒められたり。その時入部するとは言っていなかったのですが、今思えば新入部員獲得のための常套手段だったんでしょうね(笑)。
取材陣:
最初はクラリネットを演奏されていたのですね。サックスはいつから始められたのでしょうか。
辻本氏:
中学と高校は吹奏楽部で、クラリネットでクラシックをやっていたのですが、大学からビッグバンド、いわゆる大所帯のジャズクラブに入りました。クラリネットの編成もあったのですが、ビッグバンドジャズで一番ベーシックとなる管楽器は、サックス・トロンボーン・トランペットです。クラリネット出身の方はサックスも一緒にやることが多いようですね。
取材陣:
どちらかというとクラリネットの方がクラシックな感じなのでしょうか。
辻本氏:
どっちがどっちというのはない、というのが模範解答なのですが、個人的にはクラリネットの方がクラシカルな印象ですね。オーケストラや吹奏楽の編成ではクラリネットが活躍する場面が多いです。サックスはジャズやポップスの方が活躍する場面が多い印象です。結果的に実際に日常生活の中でテレビ等を通して我々の目に触れる機会はサックスの方がが多いですよね。
取材陣:
コンクール入賞などのご経歴から、音楽や演奏について英才教育的を受けられているイメージがあったのですが、そうではないのですね。
辻本氏:
クラリネットを中学校から始めた時、最初の1年は正直大苦戦しました。周りはみんな楽譜が読めるし経験者も多くいました。圧倒的に劣等生でしたね。本当に音符の記号は「ド」くらいしかわかりませんでした。小学校の音楽の教科書を真面目に勉強していれば楽譜もちゃんと読めたのかもしれませんが。楽器を扱うことも初めてなので最初は『とにかく頑張った』という感じでしたね。
ただ、練習のかいもあり、最下位から始まって、中学校3年の終わりぐらいには賞をもらえたりするようになりました。
学生時代のモチベーションと「筋トレ」
取材陣:
学生の頃、演奏に対するモチベーションはどこにあったのでしょうか?
辻本氏:
学生の頃と演奏家になってからとではモチベーションはがらっと変わりました。学生の頃は、何をやっていても「これくらいまではいけるだろう」という自信がありました。この頃のモチベーションは、「できなかったことができるようになる」ことです。動かせない指を何とか動かしてやろうと10回やってできなかったら100回やるという発想でできることを増やしていきました。できることが増えていくのが楽しかったですね。
取材陣:
なるほど、ゲームをクリアしていくような感覚ですね。
辻本氏:
そうですね。テレビゲームは全くしないのですが、同業者のゲーム好きな人に言わせると、「本格的にゲームをやったら世界一になるんじゃない?」って言われます(笑)。
取材陣:
目標とされた人物はいたのでしょうか?
辻本氏:
中学校の時は、今みたいにインターネットが普及していなかったので、雑誌が情報収集の中心でした。当時僕が学校の帰り道によく行っていた楽器屋にクラリネット専門誌『THE CLARINET』が置いてあって、その雑誌付録の模範演奏のCDで演奏されていた赤坂達三さんの影響を受けました。すごく華やかな方でクラシック界でも著名な上に、他のプレイヤーとは違ってポップなアプローチもやっておられました。僕がクラリネットプレイヤーとして目指すところの根底には赤坂さんの存在がありますね。
「筋トレ」からの脱却
取材陣:
管楽器の世界は独学をされる方が多いのでしょうか?
辻本氏:
始め方は人によって様々なのですが、吹奏楽部で始める人は先輩や音楽の先生から教えてもらうというケースが多いですね。僕の場合、クラリネットに関しては中学3年間では専門の方から教わったことがなく、高校1年の時にコンクール向けに何回かクラリネット専門の指導を受けた、という感じです。中学校の時は先輩から教わったことをひたすら頑張って取り組んでいましたね。高校1年生の時に、賞を取り始め、ソロのコンテストに学校代表として出場することになりました。5月か6月くらいでほぼ中学生同然だったのですが、他の学校は音楽科の3年生などが出てくる中、僕が選ばれた訳です。それで学校側もレッスンの先生を付けてくれることになりました。
その方のおかげで今の基礎がありますね。先の質問にあった目標とする人物としては、このレッスンをしてくださった高橋博さんというクラリネットプレイヤーになります。高橋さんは良い意味で「超完璧主義者」でして、僕とタイプが合っていました。技術だけではなく音楽的にも完璧主義で、レッスンで演奏している時に止められて、「今あなたの演奏はちゃんとできているけど、この時ピアノが何をしているか分かってる?」と聞かれたり。
取材陣:
それは難しいですね。
辻本氏:
それまでは「筋トレ」をひたすらしているような感覚でしたが、高橋さんのおかげで、ちゃんと基礎と音楽がつながって、完成度の見極めをある「基準」に即して考えることができるようになりました。
取材陣:
ここで、スタンダード(基準)の登場ですね。それも「筋トレ」時代があってこそ、と感じますが。
辻本氏:
そうですね。僕はそう思いたいですけどね(笑)。おかげさまで、ソロのコンクールではグランプリをいただいたり、節目節目で賞をいただいたりすることができました。
楽器との付き合い方
取材陣:
辻本さんはクラリネットとサックスという2つの異なる楽器を演奏されていますが、辻本さんと楽器はどういう関係性にあるのでしょうか?
辻本氏:
楽器を相棒と例える人もいるのですが、僕的には相棒というより「金棒」です。
取材陣:
金棒?武器みたいですね(笑)。
辻本氏:
武器ですよね。正直コントロール下に置く感覚が結構あるので。もちろん楽器の良さを引き出すとか、自分が楽器と対等にありたいとかもあるのですが、やはり演者がコントロールしなければ、楽器の実力は引き出せません。例えば、電子ピアノのような電子楽器であれば「ド」の音は押せば「ド」の音が出るのですが、クラリネットやサックスはアナログな楽器なので、「ド」の音が出る指の押さえ方で吹いても「ド」の音が鳴るとは限らないのです。
取材陣:
コントロールが難しいのですね。
辻本氏:
そうです。そのコントロール力を身につけるのが練習ですね。
取材陣:
なるほど、辻本さんにとって、楽器はある程度コントロールしなくてはならない存在なのですね。
辻本氏:
そうですね。例えばナイフとかは素人でも最低限は使えるじゃないですか。でも銃だと扱いが全く分からなければ、自分が怪我をしますよね。結構高性能な武器と言いますか、そんなイメージです。
でも、この銃をコントロール下に置けば、武器として戦えますし守れます。
楽器コントロールの方法
取材陣:
「今日は楽器の調子が悪い」なんていう素人にありがちな話がありますが、これは楽器のせいではなく演奏者のコントロール力がないということなのでしょうか?
辻本氏:
楽器はメンテナンスを含めてのコントロールだと思います。実際に楽器の調子が悪くなることはあるんですよ。サックスの場合は、リードという振動させて音を出すパーツがあるのですが、これは消耗品で定期的に交換する必要があります。このリードの状態が悪いのを見過ごしてしまうと音の調子が悪くなります。
取材陣:
メンテナンスも大事なのですね。
辻本氏:
そうですね。気にかけておくというか。最終的なメンテナンスは、我々プレイヤーが行うのではなく、専門の方にやっていただきますが、それも含めて全部実力のうちですね。
例えば、演奏していて調子が悪いなと感じた時、自分が崩れているのか道具が崩れているのかを自分自身を観察して判断できる能力が必要になります。
取材陣:
自分を俯瞰的に見る、メタ認知ですね。それはプロならではの能力ですね。
辻本氏:
僕は先生業もやっているのですが、楽器の調子が悪いという声があるとプレイヤーに原因があるのか、楽器に原因があるのかを調べます。僕の経験上、練習を積んでいる方は自分を疑ってしまうのか、自分に厳しい傾向が強いです。それは大事な精神でもあるのですが。ごく稀にやたらと道具のせいにする人がいますが(笑)。
取材陣:
私も楽器をやっていたら、楽器の調子のせいにすると思います(笑)。
辻本氏:
ミスしたらとりあえず首傾げて楽器を見ていたり(笑)。
僕の経験上、本当に練習している人はあまりそういうことはしないので、上手くいかない原因が演奏者なのか楽器なのかを見極めるのも教える側の仕事かな、と思っています

中編に続く。



辻本美博 クラリネット&サックス奏者

奈良県奈良市出身2月14日生まれ。中学、高校時代は吹奏楽部に所属し、クラリネットを演奏。高校時代は全日本吹奏楽コンクールに2度出場し、いずれも金賞を受賞。その間クラリネットソロにおいても数々の賞を受賞しクラリネットソロ演奏活動を始める。大学進学後はALS JAZZ ORCHESTRAにてアルトサックスと出会い、サックスプレイヤーとしても活動を開始。同ビッグバンドにて、全国大会である山野ビッグバンドジャズコンテストにおいて上位入賞。

現在は2013年にワーナーミュージック・ジャパンよりメジャーデビューしたエンタメジャズバンド『Calmera(カルメラ)』のサックスプレイヤーとして活動中。直近リリースした3作品はオリコン週間インディーズチャートに連続してトップ10入りを果たす。ライブ活動も『SUMMER SONIC』をはじめ野外フェスへの出演、大阪・なんばHatchで開催したワンマンライブでは1200人を超える動員を記録するなど精力的に活動している。ライブのキラーチューンである『犬、逃げた。-ver. 2.0-』がSONY『h.ear ×WALKMAN(R)』(ソニーマーケティング株式会社)のテレビCMソングに起用されたことでも話題に。

また、辻本美博としては、2014年に奈良県天理市から天理市を代表するミュージシャンとして委嘱を受け『天理市PR大使』に就任し、2015年9月には自身初となるクラリネットソロリサイタルを天理市文化ホールにて行い盛況のうちに成功をおさめた。2016年7月には世界的木管楽器メーカービュッフェ・クランポン・ジャパンからの委嘱を受け『ビュッフェ・クランポン・ジャパン公認アドヴァイザー』に就任。同月にはMotion Blue YOKOHAMAでのソロ公演も成功におさめた。その後、国内唯一のクラリネット専門誌『The Clarinet』での連載にも抜擢。そして近年は自身の演奏活動だけでなくアーティストサポートやテレビ・映画・CM等のレコーディングにも積極的に参加しており近年では『映画 四月は君の嘘』『アニメ 恋は雨上がりのように』『フジテレビ系月9ドラマ コンフィデンスマンJP』『NHK土曜時代ドラマ ぬけまいる』等々の作品に参加している。