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工業高校生が日本を救う――そんなことを信じるバカの話 阿部伸/工業高校生応援メディア「チョイス!」発行人 兼 編集長

2021/06/07

「私、バカだったんです」
2年前に工業高校を卒業した彼女に、なぜ工業高校を選んだのかと訊ねると、そんな答えが返ってきた。聞けば、学校の勉強が苦手で、中学の担任から「工業高校か商業高校に行くしかない」と言われたのだそうだ。彼女はアクセサリーづくりなどのモノづくりが幼い頃から好きだった。そのため、工業高校へ進むことに。
僕は工業高校生と接する機会が多い。というのも、工業高校生応援メディア「チョイス!」という媒体を運営しているからだ。都立の工業高校を中心に配布する季刊のフリーマガジンのほか、オンライン版でも記事を配信している。創刊から4年目に突入した。
かつてモノづくり大国と言われた日本に元気を取り戻すには、工業高校生を応援し、モノづくりが好きな子どもたちとモノづくり産業とを橋渡しするしかない! そう思い立ち、私財を投げ打ってメディアを始めた。
冒頭のやり取りは「チョイス!」の取材でのことだ。自分を「バカ」と評した彼女は、けれども、工業高校で技能を身に付け、今では「誰からも認められるレーザー加工のプロになりたい」と日々、奮闘している。彼女が目標を持って仕事に取り組んでいるのも、工業高校での学びがあったからこそだと思っている。

バカといえば、家に帰れば一日中レゴをやっていると話す男子生徒がいた。きっと、一般的な親御さんは「勉強もしないで、そんなんじゃバカになるよ!」と叱るかもしれない。けれども、彼は「レゴ マインドストーム」を使用したいくつかの競技大会で好成績を収めている。
同じように小学生の頃からはんだごてばかりをやっていたという男子生徒は、電子回路組み立て競技の高校生大会で県優勝に輝いた。こうしたモノづくりの競技大会で活躍する工業高校生の中には、社会人になってから技能オリンピック国際大会に日本代表として出場し、入賞する者も多い。
先日も国際大会で銅メダルを獲得した自動車メーカーで働く青年を取材したが、彼もまた工業高校時代からモノづくり系の競技に取り組んでいたという。やはり、10代の柔らかい頭と神経で技能を磨き続けた者は、社会に出てからも高いポテンシャルを発揮するものである。

以前、ご子息が工業高校に進学するかどうかで悩んでいる親御さんから相談を受けたことがあった。その方は学校説明会で手に入れた「チョイス!」を隅々まで読んでくださっていた。そして、「息子はおとなしいから、ヤンキーみたいな同級生と過ごせるだろうか」と終始、心配されていた。
やんちゃな気質は職業によっては大事になるので、そのこと自体は悪いことではない。実際、建築科出身の卒業生を取材した際には、とっぽい雰囲気の青年だったが、足場板を何枚も担いでひょいひょいと歩く姿が頼もしかった。けれども、いわゆる「ヤンキー」とは、これまで学校で会ったことがない。むしろ、ロボットやプログラミングが好きな生徒は、いい意味でオタク気質な子が多い。
先ほどの相談者のご子息は最終的に工業高校への進学を決めた。今はモノづくりの勉強に没頭できることが楽しいらしく、生き生きと学校に通っていると、親御さんから感謝のメッセージをいただいた。
ちなみに、工業科の大学等への進学率は14.3%(2019年度/全国工業高等学校長協会調べ)。ただ、難関大学受験を重視したカリキュラムを組む工業高校もあり、そうした学校は東大生も排出している。こうした事実を知ると、工業高校のイメージって、変わりませんか?

ある日、ご息女が工業高校に通っているという親御さんから電話をもらった。何かと思えば、工業高校に対する世間のイメージと実態がかけ離れていて困るという愚痴だった。電話を切ったあと、思わず「愚痴かい!」と叫んでしまったのだが、わざわざ電話で愚痴りたくなるほど、日頃から鬱憤が溜まっているのである。
実は、こうした愚痴は卒業生からもいただくことがある。モノづくりの未来を担う高校生たちの学び舎に対する世間のイメージが悪い。いや、そもそも実際の姿を知らないのである。これってモノづくりが好きな中学生にとって、あるいは現役の工業高校生にとって、あるいは日本のモノづくり産業にとって、ひいては日本の社会そのものにとって、ものすご〜く不幸なことではないだろうか?

日本のモノづくりは、世界で負ける場面が増えている。そして、モノづくり産業の若手人材不足が叫ばれて久しい。それらの一因に世間の工業高校に対するイメージと実態の齟齬という問題があるのではないかと思っている。もっと、工業高校のことを知って、もっと日本中で工業高校を応援してもよくないか?
「よし。誰も工業高校を応援しないのなら、わたくし、工業高校の応援、独占させていただきます!」そう一人叫んで、「チョイス!」を立ち上げたのが3年前。多くのライター仲間から「バカなことはやめろ」と止められた。そりゃそうだ。どこかの資本が入るわけでもなく、経営や営業に関してド素人のライターが起業し、メディアを運営するのだから、そりゃ止める。
ある電気配線器具メーカーの社長からは「面白いから応援するよ。借金つくって家族が路頭に迷うのが目に見える。他人の不幸は蜜の味だから笑える草w」と嫌味を言われたこともあった。まあ、確かに皆さんの忠告通り、前人未到のメディア運営は苦労が絶えないし、家族が路頭に迷うことは今のところないけれど、経営は火の車。
けれども、世の中を変えるのはバカの仕事に違いない。規格外の発想から変革は生まれるものだ。僕は工業高校生の応援こそが日本の未来を明るく照らすと信じている。だから、規格から外れたバカでもいいじゃないか。あれ? 日本規格協会の媒体なのに、規格外の話になっちゃった(笑)

工業高校生応援メディア「チョイス!」
https://aritorism.com


阿部 伸



定時制高校に通う10代の頃より建築業界に従事。24歳で日本大学芸術学部文芸学科に入学。在学中より商業誌のライターとして活動開始。編集プロダクション勤務を経て、「製作室デザインコンビ」に所属しながらフリーランスとして活動。2018年、工業高校生応援メディア「チョイス!」を立ち上げるために起業、現在に至る。



「チョイス!」2021年春号Vol.13の表紙。この号ではトヨタ自動車の前副社長・河合満氏が巻頭インタビューにご登場くださった。


工業高校生とモノづくり企業の会社案内をつくるプロジェクトを行っているほか、モノづくり企業とコラボして出張授業なども行っている。写真は工業高校生と制作した会社案内。