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規格がもたらした自由 アーティスト パソコン音楽クラブ

2020/05/20

 僕たちはパソコン音楽クラブという名前で、2015年の暮れから音楽活動をしています。すべての楽曲に関して、シンセサイザーや音源モジュールといわれる実機の機材をコンピューターを介して操作し、さまざまな音を組み合わせて楽曲を作っています。ギターやピアノなど、少し弾ける楽器はありますが、お金をもらって人前で演奏するほどの技量はまったくありません。しかしながら、僕たちは音楽家の端くれとして楽曲を制作することを生業としています。実はこういった状況は僕たちが特殊なのではなく、現代的な音楽家の多くのスタイルです。世界的に見ても、ヒットメイカーと呼ばれるような音楽家であってもあまり楽器が弾けない人や楽譜が読めない人が少なからずいると思います。こうした状況をもたらしているのは間違いなくMIDIと呼ばれる規格の存在です。

 MIDI(Musical Instrument Digital Interface)は1981年に国内外の楽器メーカーによりまとめられ、規格化が進められた、電子楽器の演奏データの転送・共有規格のことで、ハードウェア・ソフトウェアの両分野にまたがり策定されました。1999年にはJIS X 6054-1及び2として規格化されました。ざっくりと言うなればデジタルの楽譜であり、音声発音の入力信号と言えるかもしれません。例えば、コンピューターに音声の音程、音価、音量などのデータを打ち込み、MIDI信号に変換して外部のシンセサイザー・音源モジュールなどのハードウェアへ転送すると、転送先の対応する音色が指示されたとおりに発音します。自動演奏のための規格というともう少し分かりやすいかもしれませんね。

 この規格の発明が現代的な音楽史に与えた影響は計り知れないものがあります。究極を言えば、楽器が弾けない人であってもパソコンに向かって値を入力するだけで、好きな音を自由に鳴らせるようになったわけです。これは専門的な知識や技術がない人にも楽曲制作の門戸が開かれ、感性だけを頼りに自由に作曲できる状況を作り出したとも言えます。また、MIDIによる発音は実際の演奏をスキップして音声を発音するため、物理的に人間には演奏不可能なスピード・音程や本来想定されていない楽器の使い方(ベースの音をキーボードのように弾くなど)を可能にし、「本物」であることに囚われない、自由な音の出し方をもたらしました。その結果、電子音楽のシーンを中心にいくつもの新しいジャンルがこの規格の誕生を端緒として生まれて来ました。
 またMIDIはアタックの強弱やビブラート、ダイナミクスなどの値を細かく打ち込むことで生楽器のシミュレーションを追求することも可能ですから、楽理や演奏法への知識を持つ人にとっても、ふと思いついたアイデアが手軽に試せるようになり、音楽表現の選択肢がグンと広がったように思います。

 MIDIデータを実際に扱うと、非常に軽量でありながら必要十分なデータに対応していることや、一本のケーブルでさまざまな情報を扱える点など、機能性のために制作のインスピレーションが犠牲にされることがなく、常に音楽的な思想を感じます。楽器メーカーが規格を検討する際にユーザーのための規格であるということがしっかりと念頭におかれた議論がなされたと想像させられます。数多の楽器メーカーがあるなかで、競合する複数社が一つの規格を協力的に推進していったことも注目すべき点ではないでしょうか。
 そんなMIDIの規格を用いた音楽機材のテクノロジーは今もなお目覚しい勢いで発展を遂げています。我々は実機の機材を使っていますが、現在の音楽制作の主流はやはりコンピューターのソフトウェア音源でしょう。コンピューター上でシンセサイザーの機能を再現して音を鳴らすというものですが、このソフトウェア音源の世界ではサンプリング音源のクオリティや音色の合成技術が毎年のように更新され続けており、その進化のスピードは凄まじいものです。そんな世界でもこの39年前の規格が今もデータ入力の標準とされていることから、MIDIがいかに音楽表現に必要な実用性を満たしている規格であるのかが見えてくるように思います。

 規格という言葉には、画一的で無個性なイメージがありますが、MIDIという規格が音楽にもたらしたものがそのようなものではなく、より自由で柔軟な発想と可能性でした。一見矛盾するように思える「規格」と「自由」という言葉ですが、よく考え抜かれた規格は自由な発想をもたらすものとなるというのは非常に興味深いことです。ジャンル、音色、演奏法、何においても楽曲制作における作曲家の選択肢は数十年前とは比べものになりません。その選択肢のうちからどれとどれを選ぶか。その掛け算の中から音楽には無数の可能性がもたらされています。

 普段MIDIという規格を特別意識することはあまりありませんが、こうして書いていると、自分たちはこの規格によって広げられた可能性の恩恵を直球に受けている身なのだと強く感じます。



パソコン音楽クラブ

2015年結成。"DTMの新時代が到来する!"をテーマに、ローランドSCシリーズやヤマハMUシリーズなど80~90年代の音源モジュールやデジタルシンセサイザーを用いた音楽を構築。2017年に配信作品『PARKCITY』を発表。他アーティスト作品への参加やリミックス、演奏会を重ねながら、ラフォーレ原宿グランバザールのTV-CMソング、TVドラマ『電影少女」の劇伴制作、アニメ「ポケットモンスター」のEDテーマ制作などを手がける。2018年に自身ら初となるフィジカル作『DREAM WALK』、2019年9月4日にセカンドアルバム『Night Flow』、12月8日に『Night Flow Remixes』をリリース。『Night Flow』はCDショップ大賞2020入賞作品に選出された。