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システム化された物―A4紙の潜力 アーティスト 大山エンリコイサム

2023/08/08

★アンコール掲載(初掲:2020/04/06)★

 「標準」と「規格」は漠然と似た意味で使われる傾向にあるが、前者には一般性や平均性という抽象化のニュアンスがあるのに対し、後者には工業製品やその部品を中心に、具体的な物のかたちを取り決める性質がある。造形表現に携わる美術家として私は、ひとつひとつの物のかたちに固有の権利があると考えている(例えば版画は複製物とみなされがちだが、実際はひとつひとつに個別性がある)。規格化は「物それ自体」の次元に生じる。それは、抽象化をともなう一般性や平均性とは対照的な領域である。

 そのうえで規格化とは、物それ自体の次元に(一般性や平均性ではなく)「同一性」を確立する努力である。同一性は、時間と空間に展開される。それはいつでも、どこでも同じであることで、反復と横断を可能にする。規格化された物は、国やインダストリーを越えて流通し、繰り返し交換できるモジュールとして業務を効率的にオペレートする。フォード式の生産体制が象徴する産業革命後の近代社会において、製造のインフラを支える物のシステム。物それ自体に根ざしつつ、それは「システム化された物」という別のレイヤーを形成する。

 二一世紀の情報革命を経て、時代は新たな局面を迎えた。3Dプリンタの登場である。3Dプリンタが実現したアドホックな部品の製造は、規格の同一性を時代遅れにした。それは反復と横断を不要にし、代わりに、その時その場かぎりのスペシフィックな条件にかたちを合わせて、物を一度きり生み出すというまったく別のエコノミーを切り拓いた。規格の誤差を、そのつど必要に応じてつくられる追加の部品が補填する。わりと複雑な機械ですら、すべての部品を3Dプリンタでつくり、稼働できるのである。

 3Dプリンタは、近代的な規格の同一性を、前近代的なブリコラージュの手つきに置き換えた。情報テクノロジーの時代の器用仕事。それは単なる部品の製造ではなく、創造行為の様相を帯びている。そこにはふたたび、システム化されないひとつひとつの物のかたちの固有の権利がある。他方で、新しい技術が古い技術に取って代わるとき、実用性を失った古い技術は、芸術への奉仕を開始することがある。「システム化された物」を、製造のインフラやオペレーションの効率性から解放し、芸術のためのコンセプトとして思索できないだろうか。

 私たちはここで、固有の権利をもつひとつひとつの物のかたち(3Dプリンタ)と、反復し横断する同一性の原理(システム化された物)というふたつの概念を、芸術の視点から統合したい。前者は個別の作品とかたちの次元であり、後者は個別性を超えて浮かび上がるスタイルの次元である。その統合とは、型となる特定のスタイルが、物それ自体の次元で、具体的な条件のうちに個別の作品としてかたどられることだろう。それは誤差の補填ではなく、ふたつの異なる力学の創発に他ならない。

 反復と横断の原理はそのとき、ただの同一性の再生産ではなく、かたちの多様性がそこから発芽する「コア」の役割を果たしている。あるいは、複数のフォルムがそこから生成する「アーキタイプ」だと言ってもよい。従来のフォード式の生産体制における「規格」とも、物それ自体の次元を欠いた「標準」とも異なり、システム化された物は、芸術創造の源泉となり、造形表現のための潜力となる。A4サイズの授業のプリントの裏面は、だれもが学生のとき、文字をかき、線を引いたことがある改変と創作のためのフィールドである。

 私自身の制作も、ひとつのアーキタイプを軸にしつつ、メディアとの交渉を経由して、ヴァリエーションを具体的な作品に落とし込む方法をとっている。私は、そのアーキタイプを「クイックターン・ストラクチャー」(QTS)と名づけ、具体的な個別の作品を「FFIGURATI」(フィグラティ)と呼んでいる。QTSは反復し横断するモティーフであり、その過程でさまざまなメディアと接触しながら運動の痕跡を残していく。そうした物理的痕跡は、QTSという単一の型に由来しつつ、相互に置き換えができない一回きりの存在である。

 システム化された物はふつう、疎外され、自由を失ったテンプレートにすぎないと思われやすい。しかしそれは、そこから創造が開始される起点になることもできる。疎外された労働者が、そのことによってむしろ革命のダイナミズムを形成する力の産出として現れたように、システム化された物もまた、そのことによって芸術のためのプリミティブな場として再定義される。その反復と横断は、コストパフォーマンスの経済から逃れ、純粋にパフォーマティブな力の発露としてみずからを開示し直すのである。



Photo ©
Collin Hughes


大山エンリコイサム アーティスト

エアロゾル・ライティングのヴィジュアルを再解釈したモティーフ「クイックターン・ストラクチャー」を起点にメディアを横断する表現を展開し、現代美術の領域で注目される。
1983年にイタリア人の父と日本人の母のもと東京に生まれ、同地で育つ。2012年よりニューヨークを拠点にする。
近著に『ストリートアートの素顔ーーニューヨーク・ライティング文化』(青土社)、『ストリートの美術ーートゥオンブリからバンクシーまで』(講談社選書メチエ)がある。