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マイ・スタンダード(標準化をイメージする) ダースレイダー

2023/08/02

★アンコール掲載(初掲:2019/11/13)★

 今日、世界中で多様性が叫ばれている。21世紀のひとつのキーワードがダイバーシティーだろう。その背景には資本主義体制における民主主義社会の限界に基づく分断がある。排外主義に対するカウンターとしても多様性を訴える声はさらに大きくなる。人種差別、性差別、宗教差別をはじめとした様々な差別。20世紀を経ても人類はこうした問題を解決することが出来ず、グローバリズムは加速し、そのスピードに社会環境が追い付けていない、ともいえる。人類社会は広くなりすぎ、そして速くなりすぎている。

 差別はなぜ生まれるのか?そのひとつの要因は「共通」のプラットフォームの不在だ。明確な階級が存在するような社会で暮らす人々、婦人参政権以前の男女、公民権運動以前の(と敢えて言うが)白人と黒人は同じプラットフォームに乗っていなかった。もう世の中は変わった!と言う人もいるかもしれないが、例えば日本の医学界ではまだ男女は同じプラットフォームに乗っていなかった事が判明したばかりだ。男性の受験生だけ20点ほど高い場所に立っていたわけだ。こうした状況を「上下」の視点で観ることにより差別心が醸成される。この視点を横に変化させることは一つのヒントとなるだろう。

 ただ、視点の横移動だけでは問題は解決しない。多様性をめぐる議論で必ず出てくるのが、「じゃあ、どこまで範囲は広げるのか?」という境界設定の問題だ。「ここでは多様性が認められています」という「ここ」はどこなのか?再分配の議論にしてもそうだが、「どこまで?」という範囲を決定しなければ「どこまでも」広がる。かと言って、ここを境界にします、という決定は誰が、どのように決めるのか?そして、境界を設定することでそこに差別と排外主義が生まれる土壌も出来てしまう。境界を地方自治体、国、あるいは大陸・・・どのレベルに設定したとしても境界の中の人と外の人が生まれてしまう。多様性は認めるけど、ここからここまで、ですよ!という話に果たして説得力はあるのか?

 こうしたグローバル化に伴う課題を考えるときはスケールを一度、身近なものにする必要があると思う。それこそ地域コミュニティーレベルのスケールで、共通のプラットフォーム作りを意識し、その中での多様性を確保する。その際のキーワードとなるのが「標準化」だ。共通言語とも言えるが、顔の見える範囲、それぞれの暮らし向きがわかる範囲で伝わる言葉や所作を標準化する。その地域のスタンダードを作ることでプラットフォームを確立する。個々人には様々な差異があっても、同じ場所にいると意識出来るようにする。地域のスラング的なものもこれにあたる。僕はヒップホップミュージシャンなので、ラッパーが用いるスラング、言い回しで出身地や所属がわかる。アトランタ、ヒューストン、ニューヨークのブルックリン、LAのサウスセントラル・・・それぞれの地域のラッパーが彼らのスタンダードを使用することで自身のプラットフォームを”レペゼン(Represent)”する。ニューヨークの民主党議員、アレクサンドリア・オカシオ・コルテスはスピーチの中で、自分の出身地であるブルックリンの名前を出す時には、地元のスタンダードである発音をする。この行為は非常にヒップホップ的だ、と感じたが、地域のスタンダードを理解している事を示すことで自分がどのプラットフォームに立って発言しているか、を明確にしているのだ。

 さて、これだけだと上述した境界線の中で話は終わってしまう。こうした地域のプラットフォームを互いに作り、その中で共通するスタンダードを形成した上で「自分たちのスタンダードがあり、自分たちのプラットフォームがある以上、彼らの、彼女らのスタンダードもあり、プラットフォームもまた存在する」という意識を持つ。こうすることで、上下、横という視点だけでない立体的なイメージを持つ ことが出来るようになるだろう。こうしたプラットフォームが様々、大小に存在している状態がパブリックなプラットフォームとなり、それを前提とした共通言語がパブリックスタンダードとなる。そのパブリックなプラットフォームをグローバルなレベルで前提として考えることでグローバルスタンダードが浮かび上がってくる。といっても、このレベルをちゃんと意識することはやはり、まだまだ困難だという事も分かるだろう。

 この思考法は宗教や政治思想に置き換えてもイメージ可能だ。標準化は境界、プラットフォームの確立の為のツールであり、それぞれのプラットフォームを繋ぐツールでもある。世界はそもそも無秩序なカオスであり、でたらめであるのは自然災害を見てもわかる。その中に、仮初の秩序、仮初のプラットフォームを作る、というのが人間の社会であり、そのために必要なのが標準化だ。

 ヒップホップでは特にオリジナリティーを重視するが、個々のオリジナリティーを尊重したまま、それぞれを繋ぎ、その集合体としての社会をイメージしていく。この思考法こそが、21世紀の「スタンダード」ではないだろうか?





ダースレイダー ラッパー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。
東京大学在学中にラップの活動を始める。
2017年、脳梗塞になり「5年で死ぬ可能性がある」と宣告されたことを歌った「5years」が話題。
現在は司会業や執筆業と様々な活動を積極的に続ける。