
マイ・スタンダード(私の標準)作家・ジャーナリスト 佐々木俊尚
2023/08/01
★アンコール掲載(初掲:2019/10/23)★
私のライフワークは、情報通信テクノロジの進化と普及がこの世界にどのような変化をもたらすのだろうか?というテーマで執筆し、発信することである。この情報通信という分野の特徴は、プラットフォームという存在が標準化に大きな役割を果たしていることだ。最近はGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)という略称も使われているが、巨大化したプラットフォームはその上で動作する規格を定義するだけでなく、流通や配信などの基盤も支配する。
たとえばアマゾンの電子書籍「キンドル」のファイル形式はAZWやMOBIだが、これらのフォーマットで書籍を作れば自由に書籍が流通するわけではない。MOBIはオープンなフォーマットなので公開することは自由だし、対応アプリを用意すれば読むこともできる。しかしキンドルストアで販売しなければ、多くの人に読まれることはあまり期待できない。アマゾンは標準規格と流通基盤の両方をコントロールしているのだ。
このプラットフォームがどのように進化していくのかが、情報通信の世界では重要なポイントになってきた。そして最近になって、この近未来像はだんだんと明白になってきている。それはビッグデータやAI(人工知能)と連携することによって、より高度なコントロールを行う方向へと向かうということだ。
たとえばネットフリックスは動画配信の分野で世界最大のプラットフォームだが、人々がどのような番組をどう観ているのかというデータを大量に集めている。何の番組を観たかだけではなく、ある番組を「五分だけで観るのをやめてしまった」「一気に全部観た」、シリーズものであればエピソードをどこまで観たのか、一晩で一気に観たのか、毎晩少しずつ観たのか、さらにはそれはテレビ受像機で観たのか、それともスマホだったのかパソコンだったのかということまで、細かく収集している。このデータをもとに「いま人々はどんな番組を観たがっているのか」を解析し、それに基づいて作品を作る。
このデータをもとに「アメリカの視聴者は、デヴィッド・フィンチャーが監督して俳優ケヴィン・スペイシーが演じる政治のドラマを観たがっている」という結論をはじき出し、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』をシーズン1だけでも百億円もの制作費を投下して配信。大ヒットさせた話は伝説にまでなっている。
これはプラットフォームというよりも、もはや「新しい垂直統合」とでも呼ぶべき存在かもしれない。これまでのプラットフォームは、製作者や開発者に広く基盤を提供して、さまざまなコンテンツやアプリがオープンに流通する基盤だった。しかしデータやAIと結びついたプラットフォームは、人々に適切なコンテンツを送り届けるためにAIで徹底的な分析を行い、流通基盤だけでなくその上で人々が生きる空間までをも包括的にコントロールしていく。
この新しいプラットフォームがつくる空間は、ある意味で気楽な世界と言えるかもしれない。なぜならデータ分析のフィードバックによって、自分が好きになれそうな音楽や映画や書籍をかなり的確におすすめをしてもらえるからだ。CDショップや書店を歩いて探し回るだけでは見つけられなかったような素晴らしい作品も、どこからともなく目の前に現れてくる。
いっぽうで、これは徹底的に支配され、管理された世界であるとも言える。プラットフォームを経由しないで新しいものを見つけることは、逆に難しくなる。
プラットフォームがその人に提供しないものは、その人にとって存在しないのと同じだ。
この新しいプラットフォームの問題は、私たちに哲学的な命題を突きつけている。「自由」を選ぶのか、それとも「安逸」を選ぶのかという究極の問いである。自由であることは素晴らしいが、同時に自由は不安でもある。もし間違えた選択をしてしまえば、自分でその責任を取らなければならない。逆に自由な選択肢がないことは不自由だが、「選ぶ」という面倒さを回避できる。人生の大選択は自分で決めたいけれども、トイレットペーパーなどの日用雑貨を選ぶのにまですべて選択しなければならないというのは、逆に面倒でもある。だからアマゾンで「ベストセラー」という目印を付けられている製品を適当に購入する、という人は少なくないはずだ。
自由というのは、自由じゃない状態から解放されるからこそ素晴らしかった。しかし自由があまねく広まってしまうと、自由そのものが逆に抑圧になるということも起きる。たとえば、親に決められた結婚が当たり前だった時代に、恋愛は自由の象徴だった。しかし誰もが自由に恋愛をできるようになってしまうと、「恋愛しなければならない」という強迫観念が生まれ、恋愛下手の若者はそれを逆に抑圧に感じるようになっている。だったら婚活や恋愛のアプリケーションによって、適切な相手を決めてもらったほうが安逸でいい、と思う人も当然のように出てくるだろう。
プラットフォームは規格を定義するだけでなく、流通基盤をコントロールするだけでなく、その上で成立する文化や社会の空気までをも左右する力を持っている。私たちがこの社会の「標準」と考えているものは、実はプラットフォームによって左右されるようになってきているのだ。
そういう新しいスタンダードの時代に、私たちは足を踏み入れようとしているのである。
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆・発信している。総務省情報通信白書編集委員。