スイス時計産業の革命、循環型の時計製造、IDジュネーブ CEOニコラ・フロイディガー氏 インタビュー
2023/09/20
IDジュネーブは、2020年に設立されたスイスのジュネーブに本拠を置く時計製造メーカーである。同社は、「気候変動や社会環境への影響を懸念する人々の価値観や理念を反映した製品を生み出す」をコンセプトに掲げ、循環型の時計製造を実践する。設立した同年には、スイスの循環型社会への移行を支援するスタートアップを表彰する「Circular Economy Award 2020」の消費財部門を受賞するなど、同社の取り組みはスイス国内で非常に高い評価を受けている。
IDジュネーブが利用するのは、100%リサイクルスチールであり、地元リサイクル会社と連携して廃棄物から回収、選別、洗浄、再鋳造を行っている。輸送に関わるカーボンフットプリントの排出を最小限に留めるため、回収する廃棄物は、スイスジュラ州にある企業から出されたものに限定されており、このリサイクルスチールに関わるカーボンフットプリントは、通常のスチールと比較し、10分の1に抑えられているとの調査結果が示されている。
また、ベルトには、北イタリアのスタートアップやロンドンの研究所と連携し、ワイン葡萄の残骸や腐った葉など緑の廃棄物から生成されたテキスタイルを利用しており、製品の製造工程全体で原材料の利用を最小限に留めるようにしている。
CEOのニコラ・フロイディガー氏は、「いくつかのブランドの購入者には、時計を修理する代わりに新しいものを買えばいいというような行動も存在する。ただ私たちは、新たな物を購入することなく、時計を修理し、使い続けるような昔の時代に戻したいのです。」と話す。IDジュネーブは、購入者に同社のプラットフォームで利用可能な仮想通貨「サーキュラーコイン」を配布し、購入者は同通貨を使って修理や交換を行うことができる。新たな製品を購入することなく、部品をアップデートしながら使い続けることを促す仕組みを構築している。
フロイディガー氏に話を聞いた。
これまでの“ラグジュアリー”に当てはまらない新しい定義
先ず、私は、時計のような製品は時間が経過しても、長く存在するアイテムだと考えています。例えば、パテック・フィリップの時計をゴミ箱に捨てることはないでしょう?(笑)。あなたの持っている時計も捨てることなく、きっと次の新しい世代に引き継がれることと思います。私たちが提供しようと考えたものは、これまでとは全く異なるもの、これまでの“ラグジュアリー”の定義には当てはまらない新しい“ラグジュアリー”です。私にとって、それが第一に、可能な限り環境への影響を最小限に抑えることであり、そして第二に、“模範を示す”ということにありました。
エコシステムをマッピングし、サーキュラーの機会を特定
“Conscious buying”という言葉に代表されるよう、今、様々なレポートで消費者は、購入にあたって様々な側面をみることが指摘されています。中でも重要な側面は、“透明性”、“トレーサビリティ”、そしてもちろん“持続可能性”です。
私のアイデアは、時計製造のエコシステムをマッピングし、サーキュラーの機会を特定することから始まりました。その上で、私たちは、 “どこで”、“どのサプライヤーと協力して”、“どのようなリサイクルマテリアルを使うか”、“どのような連携を図るべきか”など、どうすればサーキュラリティを最大限、高めることができるのかを検討しました。それが(ジュラ州)200km圏内からの企業から出たスチールの回収、リサイクル会社との連携することに繋がっています。これは、輸送に関わる温室効果ガスの排出をできるだけ抑えることのほか、トレーサビリティの確保も考慮してのことです。
私は、スイス人として、ここジュネーブで新たな革命を起こしたいと考えており、それが社名である“IDジュネーブ”に反映されています。今後、私たちが(時計製造における循環型社会の実現という)消費の新しい波の一翼を担うことになると考えています。
私たちは、採掘された金属や金、ダイヤモンドを使用することはなく、代替品のみを使用しています。私たちは、廃棄物から回収したこの鉄(リサイクルスチール)をスイスの“新しい金”と呼んでいます。
例えば、ネックレスのような2,500万ドルのジュエリーを販売する場合、人々は、“OK”と言うでしょうが、私は同意することはできません。それはダイヤモンドの採掘によって、大気汚染から非常に大量の二酸化炭素が生成されることになるからです。繰り返しになりますが、私にとってのラグジュアリーは、これまでのブランドとは、別のところにあります。循環型社会への移行には、時間を要しますが、私たちはそれを加速させるためにここにいます。
将来、このスペースで競い合う企業が増えることを願っている
私たちは、製造工程の多くを外部に委託しております。その中でサプライヤーが様々なISO規格に準拠していることを確認しており、私たちのビジネスにおいて標準が非常に重要な役割を果たしていると認識しております。また私たち自身もB Corpなど認証取得に向けて取り組んでいるところです。ただ将来的なことをいえば、私たちは、認証で定められたベースラインよりも更に先へ進みたいと考えております。
今、私たちが取り組む、この(持続可能な)“スペース”の中に多くの競合他社が増えることを願っています。現在、このスペースにバーゼルに1社、フランスに1社、時計製造メーカがあることは認識しておりますが、未だ競争が発生しているとはいえません。多くの企業が競争することによって、先程、申し上げた“(業界における)革命の移行”を加速させることできると信じています。
私たちは、すでにこのスペース内で一歩リードしており、業界に新たな波を運ぶことができると信じています。そしてこの波に他社が反応し、持続可能なコレクションを作ろうとするでしょう。それは私たちにとっても良いことで、業界内でサーキュラーエコノミーを実現するためのより多くの方法が広がっていくと考えています。
[ジュネーブ事務所]
ID Genève Watches CEO・創業者
ローザンヌ・ホテルスクールを卒業後、コカ・コーラ社でセールス、デジタル・Eコマースマネジャなどを経て、幼馴染であったセドリック・マルハウザー(COO)と共に2020年にID Geneve Watchesを設立。