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人間とAI 作家 原田まりる

2023/08/07

★アンコール掲載(初掲:2019/12/24)★

 昨年、AIと人間が婚姻できる近未来をテーマしたSF小説「ぴぷる」を上梓した。理系的な系譜からではなく人文的な文脈からAIに興味を持ったことがきっかけである。哲学好きということもあってかAIの技術的な側面よりも、「AIが普及した時に人間にとってどんな変化が起こりうるのか」ということに一番興味を惹かれた。
 小説を書く前にAIについて書かれた入門書を読んだり、松尾研究室に取材させていただいたりしたのだが、「AIはブラックボックス」だということ知って「言語の線引きが再定義されるのでは無いか」という疑問が最初に湧いてきた。

 私たちは、言語によってあらゆるものを認識している。しかし彼/彼女は人間である、という定義は視覚のみに頼ったものではなく、ある時は嗅覚であったり、感触だったり、また文脈の中で、感覚的に一瞬で認知している。しかし、DeepLearningは人間とはまた違った認識をしている。人間より高度な多次元で認識していたとしても、人間とは違う区分でものを見ている。その延長線上で、AIが独自に「人間の定義」など生命倫理に関わる事柄をAIが学習し定義した時に、人間と違う結論を出した場合どうなるのか? という疑問が湧いてきた。例えば、人工的なものが移植された人体であったり、なんらからの一般的な規格から外れたものを、命では無いと、定義した場合に人間の認識との間にズレが生じる。

 もちろん、人間の区分に沿った学習をAIに行なっていると思うが、人間も定義を決めることが出来ない曖昧なもの、もしくは新しいものと向き合った際に「AI」による見解と、人間による見解が分かれてしまうことがあるのでは無いだろうか、ということが気になった。
現在の世界の区分は人間が決めている。しかし、その区分を脅かす存在にもなり得るのでは無いか、何かしらの差別を助長するような見方がAIによって生まれるのでは無いか、ということが気になった。人間を例えに出したので、差別問題に繋がったが、人間に限らず「新しい区分」が生まれ、それにより人間が言葉を生産せざるを得なくなる、つまりAIによる認識を人間が後追いするような時代になるのでは無いか、ということである。
要するに、自然発生的に文化が生まれるのではなく、AIにより生まれた文化を人間が需要するというAI先行型の社会に変わっていくこともあり得るのでは無いか、ということである。

 そういった疑問を小説の中でもテーマとしており、人型汎用AIと婚姻する男性を主人公とし、AIが今よりも人間の代役を担う新世代においての人間の葛藤や、アイデンティティの拠り所を主軸に描いている。小説の世界では、男/女のAIと婚姻ができるのだが、技術の進展に人々の理解が追いついておらず、「人の社会生活にAIを極力介入されるべきでは無い」と主張する団体も存在している。明確な理由無しにしても、未知のものは怖い、と感じる人は少なく無い。
 スマートスピーカーなどの新しいデバイスならまだしも、クローンや遺伝子操作など生命倫理と密接的に関わっているものは本能的な恐怖感を抱く方が自然である。つまり、いくら功利的であっても未知からくる恐怖を拭いきれない状況から、技術の進歩に対し人間側の意識遅れにより大きな隔たりが生まれる前に「よくわからないけど怖い」で誤魔化さない見解を個人個人が持たなくてはいけないのでは無いかと思う。

 この未知への恐怖の克服は「ポストヒューマンといかに向き合うのか」にも通じる。今年春にEテレ「人間ってナンだ?〜超AI入門〜」にレギュラー出演していた際に、AIを導入している全国の企業に取材させていただいたのだが、産業において「現在は人間がやっていることをAIに置き換え、精度と生産性を上げる」ということに注力している企業がほとんどであった。しかし、技術の進歩によりかつては人がやっていたことの代替ではなく、人間が出来なかったことをAIが担う時代が来るように思う。その場合、人間も現在の形態を超える可能性がある。例えば、意識のクラウド化や、人造化などのトランスヒューマニズムが空論ではなくなり、ポストヒューマンが誕生することになる。

 こうした未来が近い将来やってくると想定した場合に、人間とは、生命とは一体なんなのか? を今のうちから再認識し直さなくてはならないように思う。哲学者のヤスパースは「覚醒により知っていると思い込んでいることを再認識し直すことが哲学することへの目覚め」というようなことを言っていたが、技術の後追いから生まれる哲学を待つのではなく、先立って考える必要がある。ヘーゲルの言葉を現代的にアレンジするとこうであろう。「ミネルヴァの梟が飛び立つのを待っていては遅すぎる、夕暮れ前に飛び立たせなくては」



原田まりる
作家


「ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。」(ダイヤモンド社)で第5回京都本大賞受賞。最新刊はAIとの結婚生活を描いたSF小説「ぴぷる 」その他「まいにち哲学」「Wetuber」など