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ILL-BOSSTINO氏に聞く「規格外が作る、スタンダード」(後編)

2021/12/17

前編では、ヒップホップの成立過程に始まり、そこにあるルールやTHA BLUE HERBがいかにしてスタンダードになったのかを伺いました。後編では、ヒップホップにおけるルールについてさらに伺います。

ヒップホップにおけるルール2-リスペクトすること

J:
先ほど「ぶつかり合い」というお話がありましたが、ヒップホップの「ぶつかり合い」には、根底に相手への「リスペクト」があるのではないかと思います。そこはいかがでしょうか?
BOSS:
あるある。ヒップホップはめちゃくちゃそこがすごくて、「仁義なき」じゃなくて「仁義ある戦い」っていうか。ヒップホップが始まったのも、サウスブロンクスのギャングが殺し合いばっかりしてるからそれを止めて音楽で戦おうっていうのが最初だから。まぁもちろんその理念だけではどうにもならなくて、ヒップホップの長い歴史の中では銃撃沙汰もあったし、それで死んだ人も沢山いるんだけど、翻って日本もそうなんだけどやっぱり「カッコ悪いことは止めよう」って言うか、それはすごいある。
だから誰かを裏で悪く言って貶めたりとかは論外だし、さっき言ったように上から若手のことを押し付けるのも、そういうことやるやつもいるけど、俺にしてみれば論外。もちろん暴力も論外。そういう暗黙のルールみたいなものはちゃんと「規格」としてはあるんだよね。

ヒップホップにおけるマナー

J:
それがヒップホップのルール/マナーですよね。
BOSS:
そう。ヒップホップマナーってめちゃめちゃ大事。
J:
企業などでは、議論する際に、相手の意見を否定するのではなく、相手その人を攻撃してしまったり、ともすると人格否定のようになってしまうこともあると聞きます。
BOSS:
そういう誘惑っていうのは誰しもあるけどね、そこに乗ってしまうと自分の価値を落とすよね。
まぁそういう会議は「MCバトル」(編者注;複数のラッパーが交互にラップしてスキルを競い合う戦い)みたいなものなのかもね。ただ、MCバトルもそれなりのルールはあるだろうけどね。手を出しちゃ駄目とかさ。だけど、基本的にそこで戦わされてる言語っていうのは、何て言うか醜くも聴こえる時がある。結局人格否定だったり、容姿であったりそういうものを卑下して言うっていうのが多いよね。それはつまんないね。
でもバトルってそういうもんだし、本気でやってるからそれはそれでリアルだしお客さんもそこで一瞬のストレスを解消できるんだなとも思うから別に必要が無いとは思わないけど、俺は言われたくもないし、言いたくもないね。ましてやそれが会議だったらなおさらじゃない?(笑)
J:
そうですね…。ではサイファー(編者注;複数人が輪になって即興でラップし合うこと。スキルの高め合いやラッパー同士の交流が目的とされる)なんかはどうでしょうか?
BOSS:
いいんじゃない。楽しいと思うよ。サイファーもそうだし、例えばバンドの人たちと音を出し合ってジャムしてお互いを高めあっていくっていうのは全然いいと思う。大好き。見るのもやるのも好き。
J:
会議はサイファーとかジャム的になった方が良さそうですね。
BOSS:
そうかもしれないね。一人一人喋っていくとか、絶対いいと思うよ。一人必ず絶対喋らなきゃ駄目だっていうルールがあってもいいかもしれないね。

人生は1回だから

BOSS:
しかし、色んなルール、規格ないし慣習があるんだね。俺みたいに自由に好きにやってさ、自主制作で、自分で会社やって自分のやりたい時にやりたい作品出してるなんていうのは幸運だなとは思うよ。
俺も「勝手にやればいいじゃん」って言っちゃうんだけどさ、そんなこと言われたって、家族養うこと含めていきなり博打打てるかって言ったらなかなか出来ないっていうのは分かるよ。そうやって結局時間だけがどんどん過ぎ去って歳だけ取っちゃう。
でもね、やっぱり人生一回だからね。言いたいことも言えないでいく人生も人生だろうけど、折角だったら、言いたいことは堂々言っていたいよね。それで痛い目にあっても、それも学びだし。
J:
我々標準化の世界も、カルチャーを変えていく必要はあると感じています。
BOSS:
規格の会議とかで、外国の人に囲まれて何も言えなくなった時にも思い出して欲しいよ。人生は1回だって。行くしかないよって、そういう時はあるよ誰にでも。
俺はヒップホップでのし上がるのも、規格の世界で自分の意見を主張していくのも同じだと思うね。

ヒップホップにおけるルール3-ラップと詩を分けるもの

J:
ヒップホップのルールについてお伺いしてきましたが、我々としては、「規格があるからこそ、発展もあり、自由もある」と考えているのですが、そこはいかがでしょうか?
BOSS:
そうだね。そうとも言える。特にラップはそれがめちゃめちゃ顕著だね。ラップって必ず言葉の「韻」を踏まなきゃ駄目なんだよね。つまり言葉の語尾を揃えなきゃダメなんだけど、それが絶対のルール。だからそれをやらないと「ポエトリーリーディング」になってしまうんだよね。ポエトリーリーディングってね、ぶっちゃけ俺に言わせれば誰にもでもできるんだよね。自分で思ってることを言えばいいだけだから。
J:
詩の朗読ということですね。
BOSS:
そう。自分で考えたことを言うだけ。でも、詩って誰もが詠んでいるよね。例えば、子供叱るのだって詩だし、旦那に文句言うのだって詩だし、会社で上司に怒られて何も言えなくて、苦しんで、みたいなことを居酒屋で愚痴って言ったりするもそれだって詩だよ。全ては詩だね。その詩とラップを大きく分けているのは、ちゃんと韻を踏めているかどうか。そこに評価を置いているかどうか。ラップはそこは絶対なのね。でもそれってすごく面倒くさいのよ正直。だって思ってることただそのまま言ってるほうが簡単じゃん。
J:
そうですね。

制約の中の自由

BOSS:
だから、今俺が喋ったことを全部ラップにしろって言われたら、めっちゃ大変なの。韻踏まなきゃ駄目だから。でも韻を踏むことに捉われ過ぎちゃうと、韻によって思ってることがどんどん変な方向行っちゃったりするからすごい苦しい。作るのが。
でも、その中で自由を獲得しなきゃダメなんだよね。だからそれは規格と同じこと。「五七五七七」と同じ。あれもそうじゃない。多少はみ出たりもして、はみ出る面白さもあるけど、基本的には決められた文字数の中で宇宙があるじゃない。そこで自由が生まれる。
ギターだってそう。6本の弦の中でしか勝負できないでしょ。ピアノだって絵具だってそうだよね。全て制約の中にある。そこを使っていかに表現を拡張していくか、自由を得るかだよね。
言語だって総数が限られてるからね。っていうか命だって限られてるし。全てが制約の中にいるんだよ。俺達って。制約から逃れることはできない。
ラップも同じ。「制約の中の自由」って俺はよく言うんだけど。
J:
「制約の中の自由」、まさにそのとおりですね。
BOSS:
本当の自由ほど危ういものはないからね。「何でもやっていいよ」っていうのは常に危うさを含んでる。昔チャリティーで無料のライブを主催したんですよ。みんな大変だろうなと思って。そしたらね、タダだからか、騒ぎに来るだけって人もたくさんいる。もう音楽じゃないんだよね。もちろん音楽を楽しみたいという人も沢山いたんだけど、そうじゃない人も沢山来るし、もうなんていうかカオスで、喜んでくれた人もいっぱいいてやって良かったと今も思ってるけど、音楽とかって意味ではイマイチだったの。
完全フリーのイベントで調和が取れた美しい空間をたくさん見てはきたけど、俺はその時思ったんだよね。全て自由にしてしまうと駄目なんだなって。やっぱり多少の制約があって、例えば入場料を払うとかね。その中で自由がある。そういうもんなんだなと思って。
やっぱり制約がないと自由も感じられないよね。全部自由だと、何が自由なのかもみんな気付かないよ。
そういう意味じゃ制約としての規格も重要な役割を果たしていると思うね。
さっき規格と反規格って話をしたけど、両者は表裏一体だと思うんだよね。
ヒップホップも規格と反規格のせめぎあいが全てだから、やっぱり、規格っていうものにも絶対ほころびが出てきて、そこを突いて新しいものが出てくる、でもその反規格もやがて規格になるというサイクルなんだと思うよ。
J:
制約をいかにうまく使っていくかがポイントですね。
BOSS:
そうだね。そこを認めてね、限界を知ってそこでどうやって自由を得るか、立ち戻って考えることがすごく大事だね。
宇宙って怖いじゃん。行っても行っても限りがない。地球みたいに一周した時に戻ってこれるくらいの方が安心できるじゃん。制約がないことが怖いってこういうことだよね。

本質は数字ではない

J:
BOSSさんのリリックは、「1対n」というよりは、「これはお前に話してるんだ」っていう、「1対1」の伝え方を感じます。これはコミュニケ-ション上重要なポイントだと思っているのですが、何か注意されていることはあるのでしょうか?
BOSS:
何て言うか、それほど広く伝えようとしていないのかもしれない。とても多くの人間を相手にしているとは、今でも思っていないし、大人数を相手にするアーティストよりはその1/10、1/100ぐらいのところでやってるって自覚はある。
例えば何万人とかのとこでやろうとは1度も考えたことがない。1,000人でちょうどいい、みたいな。
お客さんが「俺に言ってんだなって」思ってくれるキャパを知ってるって言うか、そこで喋ってるって感じで。ツイッターでもつぶやくけど、例えば1万とかいいね付く人いるじゃん。アーティストの人とかで。俺絶対付かないもん。
結局自分の届く範囲っていうのはちゃんとあって、もちろんインターネットでは無限に届くとは言われてるんだけど、これも「見えざる手」で、ちゃんと収まるところに収まってるっていうか、そこをキープしてるって言うか、俺自身。「知る人ぞ知るのポジションをkeep on」ってよく言うんだけど、広げてしまうことだけを求めてないんだよね。
最大で1,000人くらいで、誰もが自分に言ってくれてるんだと思える広さ。一番後ろの人も「俺と目合っちゃってんじゃん」みたいに思ってもらえるような広さをあえてキープしたい。
25年間やってきて、一番注意しているのはそこかもしれない。
J:
ご自身の価値観はブレなかったと。それがBOSSさんの「基準」ですね。
BOSS:
そうだね。自分の中で何がカッコいいってものはちゃんとあるから。
札幌にも住んでるしね。東京ですごい大きなところでライブやらせてもらって素晴らしい夜を作り上げて、で美酒に酔ってさ、翌日札幌帰ってきていつものクラブに行って音楽聴いてると、フロアにはそんなたくさんの人はいなくてさ。そのうちの1人が俺でさ。誰も俺が昨日そんなことをやってきたことなんて知らなくてさ。かかってる音楽はすごく美しくてさ。そういう時に、ここの人間で良かったって思うよね。
本質は数じゃないんだよね。
J:
いたずらに数字だけを求めないというのはSDGsなどが叫ばれる昨今、重要なことかもしれませんね。地域貢献などを積極的に行う企業も増えてきています。
BOSS:
「足るを知る」っていうのは大事なことだよ。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」って言うしね。企業もそうなんだと思うけど、今までのやり方でこれから持続していけるかはもう分からないじゃん。資源も有限だし。
J:
そうですね。最後に、BOSSさんにとっての「スタンダード」とは何でしょうか?
BOSS:
音楽に関してはスタンダードっていうものはあって、それは「何回聴いても・いつ聴いても綻びのないもの」。クオリティコントロールがきちんとできていて、「時間に耐えられるもの・残ってきたもの」がスタンダードだと思うね。

ILL-BOSSTINO


Yuki Shimbo

北海道札幌代表、THA BLUE HERBのラッパー。1997年のTHA BLUE HERB RECORDINGS設立時から、THA BLUE HERBのフロントマンとして、そしてレーベルCEOとして、一貫して地元札幌を基盤に、自身の分身である唯一無二の言葉と共に、日本列島47都道府県を縦横無尽に駆け抜け、説き伏せてきた男。旧来のそれとは一線を画す、「D.I.Y.」から出発した独立心に基づくレーベル運営、そして中央から遠く離れた土地からの音楽、思想、文化の発信スタイル、その全てを根底から変えたその行動、言動は、この国のアンダーグラウンドへ覚醒を促し、時として「THA BLUE HERB以降」と言い換えられる。プレシャスホールを母体とする札幌の音楽シーンのダンスフロアに現在も身を置き、多大な影響を受け、学び、吸収し、自身の音楽観を今尚高めている。ヒップホップの精神性へのこだわり、そしてあらゆる「GOOD MUSIC」に対してのオープンな姿勢は、THA BLUE HERBのオリジナリティに、そしてHERBEST MOON名義、CALMとのDJ&制作プロジェクトJAPANESE SYNCHRO SYSTEMでの活動へと直結している。これまでに、DJ KRUSH、AUDIO ACTIVE、clammbon、GOMA da DIDGERIDOO、CALM、B.I.G. JOE、般若、SEEDA、SHINGO★西成、G.CUE、山仁、ラッパ我リヤ、MIGHTY CROWN、REBEL FAMILIA、DJ YAS、刃頭、DJ QUIETSTORM、grooveman Spot、OLIVE OIL、DJ BAKU、MICHITA、asaなどの盟友達と共に作品を残してきた。

THA BLUE HERBのILL-BOSSTINO、同郷、北海道が生んだワールド・フェイマス、リビング・レジェンドのdj hondaとのまさかのジョイント・フルアルバム、全16曲収録の「KINGS CROSS」を11月17日(水)にリリース。

▼アルバム: dj honda × ill-bosstino「KINGS CROSS」▼
アーティスト : dj honda × ill-bosstino
タイトル : KINGS CROSS(キングス・クロス)
レーベル : THA BLUE HERB RECORDINGS
発売日 : 2021年11月17日(水)
販売店URLs : https://thablueherb.lnk.to/kingscross