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押井守監督に聞く 映画における規格(前編)

2021/10/05

映画と規格…映画鑑賞において、規格を意識することはあまり無いと思います。
しかし、両者には深い関係があるようです。
そこで今回は『機動警察パトレイバー』、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の監督として世界的に知られる押井守氏にお話を伺いました。


映画における規格1(物理的な規格)

JSA(以下、J):
ずばりお伺いしますが、「映画における規格」はあるのでしょうか?あるとすれば、それ何なのでしょうか?
押井監督(以下、押):
映画って、規格ということで言うと、2つあると思うんですよ。映画は基本的に技術の上に成立している表現です。例えば、小説とか詩とかは、原稿用紙に書こうが、チラシの裏に書こうがなんだっていい訳じゃないですか。でも映画って基本的にあるフォーマットの上で成立しているんですね。
つまり、僕の言葉で言えば、クリエイティブなものである反面、プロダクト、やはり「製品」なんですよ。
製品としての体裁をとっていないと、世の中に出してもらえない訳です。
J:
映画は製品だと。
押:
ええ。でも、なにがしか映っていて、映像が流れて、それが映画だと言えば映画なんですよ。
家庭のお父さんが撮っている子供の運動会の映像だって、映画なんです。劇映画じゃないけれども。
ただ、共通して言えるのは、ホームムービーだろうが、商業映画だろうが、自主映画だろうが、洋画だろうが邦画だろうが、やはりある種の製品だということ。
工業規格みたいな側面で言えば、映画としての規格も一応あって、例えば「秒24コマ」なんかがそうなんです。ただ、これは絶対じゃないんですよ。
「秒60コマ」で映画を作った人もいるので。
それじゃ、「秒60コマ」で何が起きるかというと、情報量が約2.5倍になるので、映っているものが生生しく見えるんですよ。実は、そうすると、編集ができなくなる。
J:
それはどうしてでしょうか?
押:
3Dの映画なんかもそうですが、目の前にあるものが突然パッと変わってしまうんです。編集すると突然世界がガラッと変わっちゃうんですね。それが結構、脳に来るんです。
だから、物語を観ているどころではなくなっちゃう。
3D映画では、基本的に特撮系、SFX、ファンタジーが中心になってしまうのはそれが理由です。
文芸映画を3Dで見るとどうなるかというと、瞬時にして世界が変わってしまうので、観ている場合ではなくなってしまうんですよ。
編集は、情報量がある程度制限されているからこそ、成立するんです。
だから、むやみに情報量を増やすと、シネラマとかもそうですけど、目まぐるしくて付いていけなくなりますよ。
ただ、生まれた時からピュア60コマで観ている子供達がいれば別ですよ。映画とは、経験の上に成立するものなので。
J:
コマ数が映画における規格なのですね。
押:
コマ数だけではなく、フレームもそうですね。フレームも、四角だったり三角だったり丸だったりしたら困る訳です。映画館の作りも決まっていますから。
大体今だと16:9(1.78:1)です。これがようやく世界で共通の規格になったんです。なぜなったかというと、デジタル化されたから。デジタル化されて初めて16:9がスタンダードになりました。それまでは「ビスタサイズ」といって、1.66:1が主流でした。
しかし厳密に言うと、ヨーロッパとアメリカでは異なっていたのです。ヨーロッパには、「ヨーロッパビスタ(1.66:1)」というものがあって、アメリカには「アメリカビスタ(1.85:1)」があったんですよ。
さらに言えば、カメラごとにも違う。
アパーチャーといって、カメラのレンズ口径が実は統一規格ではないのです。
だから、映画館で観ていると気が付かないんですけど、実際は大きさがカットごとに変わるんです。上下がぴょこぴょこと変わる感じで。
映画館では黒ぶちで切っているから、皆これに気が付かないのです。

私はこのスタジオ(スタジオIG)で初めてビスタサイズのアニメ作品を作ったのですが、それまでここのスタジオはビスタサイズの仕事をしたことが無かったんです。
初めてビスタサイズでやったとき、大混乱になりました。
まず、紙が無いんです。フレームもありません。それなので私が作り、フレームに合わせて紙も発注しました。セル自体もビスタサイズが無かったので、特注しました。
当時は、ビスタサイズでアニメを作るというのは例外だったんです。
J:
サイズの固定はどのようにされたのでしょうか?
押:
『機動警察パトレイバー』のとき、初めてネガ上でサイズを固定しました。アニメーションは台の上で撮影するんですが、それまでは台ごとにフレームが違っていたのです。
だから、ネガを編集して、フレームを当てて、もう一回転写して、ビスタサイズのネガで再度撮り直しをしました。そうすることで、フレームがやっと固定できるんです。ただ、これをやっても、劇場ではたぶん誰も気が付かないでしょうね(笑)
この方法では、プリントを一回しているので、画質が少し落ちるんですよ。親のネガではなく、子供のネガになりますので。実際のプリントはさらにそこから取る訳ですから、孫になります。どんどんクオリティが下がるんです。フィルムの時代では。
J:
デジタル化によってここが変わったということでしょうか?
押:
そうですね。デジタルであれば、いくらでもコピーできるので、フレームも後からいくらでも切れます。まだ数は少ないですが、4K映像が普通になりつつありますし、海外の大作は皆4Kで撮っているんですよ。デジタルだと撮影現場で監督が好きにフレームを決められます。トリミングができるので。
J:
ビデオカメラ側の影響は無かったのでしょうか?
押:
ビデオになると30フレームになります。ビデオで撮影して、技術的にフレームに落とし込む場合は、24コマに変換するのですが、これがまたややこしい。これも大混乱になりました。
今は24コマで撮影できるビデオでやっています。昔は30フレームで、厳密に言うと、裏表があって、60フレームになるのです。24コマに変換するときに、どうしてもノイズが出てしまうのです。これが大騒ぎになりました。
繰り返しになりますが、映画は技術の上に成立しているから、お客さんは気にしないけれど、規格というものは厳然としてあるのです。映画の規格で一番分かりやすいのは、フレーム、秒24コマ。それに、昔だったら、フジを使うのか、コダックを使うのか、などですね。
このように映画には規格があるにはある。ただ、僕が言いたいのはもう一つの規格である「文化、表現としての規格」です。

映画における規格2(内的な規格)

J:
もう一つの規格とは何なのでしょうか?
押:
分かりやすく言うと、これはドキュメンタリーです、これは劇映画です、これはテレビ用に作ったものです、映画用に作りました、配信用に作りました…出口によってみんな違いますが、これです。
つまり、「映画の中身に即した規格」ということなのですが、一番分かりやすく言うと、「ドキュメンタリーか劇映画か」です。だいたいこれに二分される訳です。
劇映画の中でも、文芸映画、芸術映画、娯楽映画、商業映画、喜劇、時代劇、ファンタジー、青春映画etcとさらに細分できますが、これは言いたい放題なのです。誰が決めるわけでもない。青春映画としてどこかに届け出をしなければいけません、ということは無い訳です。
「これは戦争映画に見えるかもしれないですが、中身は青春映画なんです。」とか。これを、配給会社の宣伝部が言っている訳です。一応彼らにとってはフォーマットなのです。それによってお客さんの対象を絞りたい訳ですから。でも、これは自由自在なんですね。
ですが、不思議なことに芸術映画だけは、侵犯しがたい部分があります。
J:
それはなぜなのでしょうか?
押:
単純に、娯楽映画だと思って観て、「実は芸術映画です」となると、お客さんが怒るからです(笑)
漠然とですが、この役者さんが出ていたら、芸術映画ってあり得ないでしょう、ということもあったりするわけです。今ではもうそういうことはあまりないですが。
その意味で映画の「内実におけるフォーマット」が最近はかなりいい加減になってきています。
おかげで、僕は仕事がしやすくなりましたけど(笑)。
僕は一応、エンターテインメントを作っているつもりなんですよ。だけど、観る人によっては、「これはエンタメじゃないでしょう」という人もいる。やたら難しいことを言っているじゃないか、と。アクションシーンもなければ、シャワーシーンも無い。

後編へつづく

押井守



映画監督・演出家。
1951年生まれ。東京都出身。東京学芸大学教育学部美術教育学科卒。
タツノコプロダクションに入社、テレビアニメ「一発貫太くん」で演出家デビュー。
その後、スタジオぴえろに移籍し、「うる星やつら」ほか、数々の作品に参加。後にフリーとなる。
日米英で同時公開された劇場版アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(95)はジェームズ・キャメロン監督やウォシャウスキー兄弟ほか海外の著名監督に大きな影響を与えた。
また、『紅い眼鏡』以降は、『アヴァロン』など多数の実写映画作品にも意欲的に挑戦を続けている。
主な監督作品『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』など。