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片渕須直監督に聞く 映画、規格に見る技術の記憶-色彩を中心として(中編)

2021/01/12

前編では映画における色の再現を中心に、規格のお話を伺いました。中編では、飛行機の色、零戦の色と規格について伺います。

飛行機の色と規格
J:
色の変遷で様々なことが分かりますね。飛行機の色についてはどうでしょうか?
片:
私が専門的に調べているのは飛行機の塗料になりまして、主には戦前に海軍が定めていたものなのですが、これは完全に規格なんですよ。(色票を見せる)
J:
たしかに、これは規格ですね。
片:
これは「海軍造船造機造兵主要材主要材料試験検査規則」という規格です。造船と造機。つまり船のボディを作るのと、中のエンジン・機関を作ることと。それに、造兵ですから、上に載っている大砲などを作るものがあって、それ自体海軍が持っている規格で、明治時代から出来ていました。
規格のような基準が無いと、様々な造船所で機器を作った時に統一したものを作れない、例えば横須賀で作ったものが呉で直せなくなってしまう訳です。
J:
規格が無いことで互換性に問題が出るわけですね。
片:
はい。これに加え、昭和になってから航空機の部ができます。
そのため、「海軍造船造機造兵主要検査規則航空機の部」という非常に長い名前で、この中の第十章が塗料になります。
例えば鋼材は「い」の番号で、航空機の塗料は「ち」です。
ところが規格に上げる前の仮規格というものがあり、例えば、「仮規117」は実は終戦まで本規格に上がらず「ち」番号が付けられないままとなりました。
J:
これら色の規格はどのような内容だったのでしょうか?
片:
この仮規格ではカラーチャートが別冊になってついており、色の名前に対応したカラーチップがつく仕立てになっていました。「カラーチップの見本に合わせて色を作りなさい」ということです。
当時の規格のあり方としては、「何と何を混ぜてこの色を作れ」とは言わない訳なのです。
「結果的にこの色になるようにしましょう」ということなんです。
これは遡るとイギリス航空機の事例を参考にしているのですが、イギリスでは第一次世界大戦ぐらいから既にこういうものがあり、色の規格はやはりカラーチップが配布されていて、様々な塗料メーカーがそれぞれの配合で作っていました。
イギリスでは、本来だったらこれとこれを混ぜるとできるんだけど、「カラーチップとちょっと離れた場合はちょっとこの青を混ぜましょう、ちょっと黒を混ぜましょう」ということまであらかじめ定めていたりします。
J:
色の再現は中々難しいので、やはり目視しかないですよね。
片:
そうなんです。だから例えば「ベンガラを何パーセント混ぜましょう」としても、なかなかこの通りにできない。でも最終的に合わせるのはこのカラーチップだよっていうことなんですよね。
J:
航空機の色を決めたのは、やはり敵と味方とを識別するためなのでしょうか?
片:
いえ、単純に材料の一環として規格として定めておく必要があったためだと思います。例えば(色票を示して)この色はアメリカで使っているオレンジイエローを参考にして作ったものです。
J:
敵となる国の色ですね。
片:
アメリカは第二次世界大戦が始まる直前までは航空母艦の飛行機が海の上で墜落した時などに目立つよう主翼を黄色に塗っています。
これと同じ色を日本も塗っていましたが、日本は練習機だけに適用していました。俗に、「赤とんぼ」と呼ばれるのは、これを塗っていたからです。
零戦の色
J:
零戦はなぜこのような色(仮規117カラーチップのD2)になったのでしょうか?
片:
これには理由があります。中国と戦争をしている時は陸地の上の空を飛ぶのが主であったため、その時は陸軍と同じ迷彩の色だったのですが、次にアメリカと戦争を始めることになり、昭和16年の11月、12月になると急にこの色(D2)に変わるんです。
これは海の上で目立たない色として、カモフラージュなんですね。陸の上のカモフラージュと海の上のカモフラージュは違います。これからアメリカと戦争するとなった際、全部とは言わないが、ほとんどは海の上の戦闘となるため、海の上用のカモフラージュ色を定めることになった訳です。
そうなるとカラーチップの中から色指定をする訳ですよね。カラーチップは昭和13年に既にできていました。
ただし、どんな顔料をどんなパーセンテージで混ぜれば良いかは一切指示がありませんでした。
J:
出来上がり見本だけでメーカーは作ってください、ということですね。
片:
そうなんですね。ところが先ほどは海軍でしたが、陸軍にも相当するものがあって、陸軍ではそれこそ迷彩色が沢山あったりしてすごく厄介なんです。
例えば、Lは軍艦の色で、軍艦の色と同じ色を航空関係でも使ったりもしました。飛行機の操縦席の色なども決まっています。
J:
細かくレギュレーションがあったのですね。
片:
そうですね。でそこにM0という色がありますが、この「ゼロ」は何かと思ったら「つや消し」なんですよね。操縦席の反射よけです。同じようなN0はプロペラの裏側に塗って回転した時にプロペラが消えて見えなくなるような小豆色です。
J:
よく考えられていますね。規格の中で塗料が占める割合の多さを見ると、その重要性が分かります。
片:
そうですね。なぜそうなったのかというと、ここには「ラッカー」が関係しています。ラッカーが最初に使われるようになったのが第一次世界大戦直前です。それまでは発明されていなかったのです。
当時飛行機の羽は布でできていたのですが、布では空気が漏れるのです。何かを塗って目止めする必要がありました。ライト兄弟はこれをワックスでやっているんですね。その後はサゴヤシのでんぷんなども使われたようです。それからゴム引きなどが使われ、一番適したものとしてラッカーが出てきます。
そのラッカーは飛行機と一緒に日本に入ってくるんですね。最初の発明者はスイスの技術者でした。第一次世界大戦の時はそれをイギリスに移転させて、イギリスはその生産に成功しているのですが、新しく同盟国になったアメリカでは生産できなかったのです。それではアメリカで飛行機が作れないということになり、今度はイギリスのメーカーの技術をアメリカに送ったりしているんですね。日本では、第一次世界大戦が終わった後輸入した飛行機に修理用の材料として付いてくるわけです。
それで、これと同じのを作ろうとして、初めはセルロイドをアセトンなどで溶かしたりし、似たものが作れるとなりました。それは大正期のことでしたが、海軍ではほとんどそれをそのまま昭和4年に規格にもしているのです。
J:
規格の成立年で当時の世の中の状況が分かるのは面白いですね。現在同様、技術の進歩に合わせて規格が出来ていたことが分かります。
片:
面白いですね。例えば「E4」という色があるのですが、これは「ツェッペリン飛行船」の骨格と同じ色なんです。ジュラルミン自体、ドイツが第一次世界大戦の中で航空機用に実用化して、それでツェッペリン飛行船ができ、海の上を飛ぶ時に腐食しないように透明の塗料を塗っています。
E4はそれをそのまま取り入れている訳です。零戦の内側はこの色で塗っているので、ツェッペリン飛行船と零戦は内部構造の色が同じなんです。
話が逸れましたが、ドイツ、イギリス、フランス、スイスなどで作られたものを日本に持ち込んできた時にどのように「標準化」するかを、この時期にやっているため、昭和4年という数字が沢山出てきます。飛行機の規格に関しては、この時期が原点なのです。昭和4年という年号はとても意味があります。
J:
昭和4年に技術のビックバンが起きた訳ですね。
片:
そうですね。急に膨らんだ感じです。
J:
先ほど消防車で色の統一があったとお話がありましたが、飛行機は最終的にどうなったのでしょうか?
片:
私が把握している中では、戦時中には陸軍と海軍と合わせると、少なくとも100色以上が存在していました。
消防車の赤色も廃止しようとしている時代、戦時中に軍需省ができて、陸軍と海軍の飛行機製造も統一することになったのです。
部品も陸海軍で減らし、陸海軍で統一するため、「日本航空規格」という新規格を内閣技術院で作りました。
航空機の生産自体が、航空機事業法つまり国家総動員法の下に位置する法律で、国家統制を受けることになってしまいました。
塗料工業の方も、重要産業統制法の下で化学工業統制会が出来て、生産品目を統制されていくことになります。
陸軍の色と海軍の色で似たような色がある時はどちらかに一本化する。どちらにも使わないものは廃止する。それでも結構な数が残りました。
J:
ある意味ダブルスタンダードで、陸軍と海軍で別々の標準を作っていたのですね。
片:
そうですね。でもここまで行ったら相当統一化されたと思うじゃないですか。先ほどお話した、海軍の赤とんぼの色と陸軍の練習機の色を比べてみてください。
J:
違いますね。
片:
違います。海軍の赤とんぼはオレンジ色で、陸軍の方は「蜂の胴体の色」と言われています。
陸軍の日の丸の色、海軍の日の丸の色もあります。実際には片方に統一されているようで、一応規格上は作ったけれど、塗料の供給は片側のみだったのかもしれません。

後編へつづく


片渕須直



アニメーション映画監督
1960年生まれ。日本大学芸術学部特任教授。日本航空ジャーナリスト協会会員。
監督作はTVシリーズ『名犬ラッシー』(96)、長編『マイマイ新子と千年の魔法』(09)など多数。『この世界の片隅に』(16)は異例のロングラン上映を達成し、2019年には新たなエピソードを加えた新作『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が公開された。