NEWS TOPICS

会員向け情報はこちら

SQオンライン

片渕須直監督に聞く 映画、規格に見る技術の記憶-色彩を中心として(前編)

2020/12/18

標準化の進展には「戦争」がある。これは良く知られていることではありますが、これまで当会では表立って採り上げたことはあまりありませんでした。
古くは、ギョーム・デュシャンが試みた銃の部品の標準化にはじまり、大砲や戦車、戦闘機など、武器開発の裏には標準化が重要な役割を果たしてきました。日本でもかつてはJIS規格の前身であるJES(日本標準規格)に、軍事に関する規格が存在していました。

そこで今回は、『この世界の片隅に』など数々のアニメーション作品の監督であり、航空史の研究家としても知られる片渕須直氏に、「映画、規格に見る技術の記憶-色彩を中心として」と題し、お話を伺いました。「色」から見えてくる当時の規格や技術、産業史など、多岐にわたるお話は必読です。

映画における色の再現
JSA(以下、J):
実は『この世界の片隅に』を拝見して、映画と規格の共通点のようなことに気が付いたのが今回片渕監督にお話を伺うきっかけでした。
両者の共通点とは共に「記憶・記録」を封じ込めたものであるということです。
特に『この世界の片隅に』では「色」が印象的に感じたのですが、まずは「色の再現」についてお聞かせください。
片渕監督(以下、片):
たとえば昭和になってからの街並みを描くとします。人がたくさん歩いていますよね。映画の中で完全に反映されている訳ではないのですが、例えば服、着物の色など、当時どうだったのかをまず考えました。
そこで、女性の着物は何色が多かったのかなど、当時の流行を調べました。『この世界の片隅に』は舞台が広島の呉ですから、男性の場合、背広は紺色が多かったらしいのです。何故かというと海軍の士官と同じテイラーで仕立てるからで、同じ布地を使っているのです。
このように、ある種の流行・技術の傾向を調べて、画面に反映させていこうと思ったのです。
J:
メルカリさんの記事も拝見して、砲弾の煙の色の再現など、非常にち密な調査をされていて驚きました。不謹慎ですが、見ていてとてもきれいな感じがしました。
片:
始めは実際に目撃した呉の方の談話を調べました。そこでは「色々な色があった、茶色もあったし、紫もあった」と書かれていました。また、呉を攻撃しに来たアメリカの飛行機に乗っていた人達の談話もあり、そこにも「何色があった」と書いてありました。
そうやって見ていくと、十種類ぐらい色がありそうだと分かったんですね。ところが、戦争が終わった後にアメリカの技術調査団がやってきて日本海軍の技術がどうなっているかを逐一調べており、その中に高角砲の着色砲弾の着色剤の具体的な色付けの根拠(色素名)が載っていたのです。
それを見ると、6色であったことが分かり、煙を見た人によって色の表現が変わってくることが分かりました。
人の表現に頼ってしまうと色んなものが無限に増えてしまうのですが、本来はどういうものだったのかについてはやはり「基準・規格」を参照することが必要だと感じます。
J:
ある意味その6色は規格といえますね。
片:
そうですね。そういう意味では規格があれば、それを見ることで色々なことが分かるようになります。
J:
「メモリー」ではないですが、その当時の技術内容を記録として残すもの、いわばタイムカプセルのような役割を果たせるのは規格のもつ重要な機能の一つかもしれません。
片:
そのとおりです。色に関して言えば、最近では東大の渡邉英徳先生がモノクロの写真に色をつけてらっしゃいます。
J:
ニューラルネットワークによる色付けですね。
片:
そうですね。その時に例えば白黒写真に写った建物に迷彩塗装が施されていると判断して色を付けた場合、元が何色なのだか分からないし本当に迷彩だったかどうか分からないじゃないか、という方がいらっしゃいます。
でも実は分かっていて、大戦末期になるとそんなに色々な塗料がないんですよ。基本的には白か黒かしかないんです。
列車も機関車も貨車もそうですが、基本黒っぽいものは白で迷彩するしかないんですよね。
一方、建物は黒で迷彩するしかなくて、それもタールなどです。
いわゆる迷彩用の緑とか茶色のペンキは戦争が始まってすぐの頃は塗料メーカーが作っていて、広告に載っています。
それで儲けられると思った人達がそういう製品を作ったのですが、実際にはその後に産業統制が始まって、製品も統合され、色々なものが作れなくなってしまうのです。
つまり、最後に残ったのが白と黒だけなのです。
「この世界の片隅に」でもそうですが、中には墨汁で自分の家を迷彩しているケースもありました。
J:
なるほど。戦時中は臨JES(現在のJISの前身)もそうですが、規格が沢山作られると同時に、お話の通り統制下におかれていたので、一つのものに集約されていく傾向がありました。
片:
戦争中は、消防車の赤も廃止されているんです。トラックはトヨタや日産などがあったのですが、基本的に同一の統制車体となり、塗料も一元化され、いわゆる「国防色」と言われる陸軍のカーキ色と同じ色だけを残して、雑多な車体色は廃止されてしまうのです。
同じ車体で作られていた消防車の赤も廃止され、消防車自体が工場でカーキ色に塗られて来るようになるんですね。海軍の場合は別の塗料を持っていて、海軍に所属している消防車は緑だったんです。軍艦に塗られている緑や、零戦などの航空機の緑と同じ色でした。
ですので、「この世界の片隅に」の中で出てくる消防車は、消防署の三輪消防車はカーキ色になる前の赤色の旧車ということにして、その後ろにいた海軍防火隊の日産の消防車は緑にしています。

中編へつづく


片渕須直



アニメーション映画監督
1960年生まれ。日本大学芸術学部特任教授。日本航空ジャーナリスト協会会員。
監督作はTVシリーズ『名犬ラッシー』(96)、長編『マイマイ新子と千年の魔法』(09)など多数。『この世界の片隅に』(16)は異例のロングラン上映を達成し、2019年には新たなエピソードを加えた新作『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が公開された。