NEWS TOPICS

会員向け情報はこちら

SQオンライン

アーティスト李漢強氏に聞く「チラシに考える文化、標準化」

2022/11/17

近年、ISO 21041(単位価格表示の手引)など、消費者保護を目的とした規格開発が盛んになっています。例えば、JIS S 0104(消費生活用製品のリコール社告の記載項目及び作成方法)の例にあるように、消費者サイドからの発案による規格の開発も行われており、消費者を巻き込んだ規格開発の重要性が増してきていることは事実です。

消費者が直接規格を使うことは稀ではありますが、この分野には標準化の元となる何かが多く潜んでいるようにも感じます。
そこで、今回はスーパーのチラシや週刊誌、ポイントカード、「NFT」といった世の中の“現象”を主な題材に制作を続けるアーティストである李漢強氏に、「チラシに考える文化、標準化」と題し、そのヒントを伺いました。

各国のチラシの違い

-JSA(以下、J)
本日はLEEさんの作品のモチーフの一つである「チラシ」をキーに色々お話できればと思います。先日も少しお話させていただきましたが、チラシは各国でスタイルが異なるそうですね。
-LEE氏(以下、L)
はい。こちらは分かりやすい例で、台湾のチラシです。
レイアウト的な比較でみると余白・空白が比較的多いですよね。さらに中国のものを見ると、もっと情報がスカスカです。
これは台湾のユニクロなんですけど、日本のものと違いますよね。
-J
たしかに。日本のチラシは情報がぎっしり入っているイメージがあります。
文化の違いが出ているようですね。
 

各国のチラシ

消費者と規格

-L
日本のチラシと特徴的に異なるのは、「値段の扱い方」で、日本のは値段がパッと目にくるようなダイナミックな感じがするんですが、台湾のはそこまでではないんです。ところで、値段の表示などに関して、何か規格は無いんですか?
-J
そうですね。国際規格として、ISO 21041(単位価格表示の手引)というのができました。いわゆる「ユニットプライス」の表示に関するものです。
スーパーなどでよく、「本日の特価品」「店長おすすめ」「イチオシ商品」などの推奨表示がありますが、消費者としてはどの商品を買うべきか迷ってしまうこともありますよね。そんなとき役立つのが「ユニットプライス」表示です。具体的には牛乳100mlあたり、洗濯用洗剤100gあたり、衛生用品1個(1枚)あたりに換算していくらかを商品棚の値札に表示するというものです。
-L
なるほど。そういうことも規格で決まっているんですね。チラシの世界でも「1個当たり●円」などの記載を見かけるようになりましたが、まだ浸透していない気もしますね。
-J
ヨーロッパでは法律で単位当たりの価格を表示することになっているんです。チラシもうそうなんですが、お店にある値札も特に書き方の決まりが無く、情報満載で、パッと見で情報が分かりにくいという課題があったため、そこを統一しようというのがこの規格の狙いです。
-L
消費者に分かりやすくするために規格が使われるんですね。私が日本のチラシで最初に違和感を感じたのは、税抜きの表示が大きく出ていて、税込みの数字が小さく表示されていることでした。外国の人は初めて見たら混乱すると思います。規格で何とかなりませんか?(笑)
-J
チラシの価格表示については、安く見せるための工夫なのだと思いますね…。ただ、消費者の声を取り込んで規格を作っていくことはとても重要ですので、重要なご指摘だと思います。
ところで、日本だと新聞への折り込みが一般的ですが、流通経路も国によって違うんですね。
-L
そうですね。こちらは前に私がお話した台湾のチラシで、雑誌タイプのものです。毎月ポストに投函するから折り曲げて入れます。使っている色もピンクが多いです。韓国なんかだと、電信柱に巻いて張り付けるものなどが主流です。また、アメリカなどでは、チラシというより商品が割引になる「クーポン」の機能が多かったりします。
-J
それは知りませんでした。国によって微妙にスタイルが変わりますが、それぞれ規格というか、一つのフォーマットはありそうですね。
-L
そういう部分はあるかもしれませんね。日本のチラシが他の国のものと一番違うところは、「リズム」というか、「テンポ」があることですね。
他の国のチラシはリズム感がないんですよ。日本以外の国は、まずグリットを決めてそこに写真などの情報をはめ込んでいる感じです。ルーチンとしてエクセルで作っているような。作業のしやすさも関係していると思います。一方、日本のチラシは前後のコンテクストを考えていたり、工夫が多いし、オートマチックではなく、人の手が入っていることを感じます。
-J
なるほど。以前日本のチラシの起源は江戸時代(1683年)に越後屋が発行した「引札(ひきふだ)」にある、というお話もされていましたよね。越後屋のチラシは、自分たちが「現銀かけ値なし」商法の元祖であるという「告知」だったそうですから、日本のチラシには伝統的にお客さんに語りかけるようなストーリー性があるのかもしれません。
LEEさんがラシをモチーフに作品作りをされたきっかけを教えてください。

チラシに見える構造

-L
一番初めに、私の大学院の卒業制作で「スーパー三和」のチラシを作ったんですよ。
日本のチラシがすごくきれいだなと思って自分で写して見てみようということがきっかけです。
先ほどお見せした台湾のとは違って、色合いの感じとかすごくカラフルだし、紙の質も違うじゃないですか。それをたくさん写しているうちに、だんだん違いが分かってきました。また、隠れた「構造」が見えてきたんです。

LEE氏の作品

-J
「構造」とはどういうことでしょうか?
-L
例えばこういう「間(スペース)」があるじゃないですか。これは「視覚のゆとり」を持たせるために機能している「間」だと思うんですよ。そこでもう少し視点を広げて、これは「生活のゆとり」に関係しているのではないか、と思ったんですね。
私は日本に来て16年目で、この部屋(アトリエ)が一番大きいんですけど、それ以前はとても小さい所に住んでいたんです。台湾の実家は普通に広いです。欧米もそうですし、中国ももっと広い。韓国とかもなんか一階~三階まであるみたいな感じです。
だから、チラシのレイアウトも、一つの「間取り」として取らえられるのでは、と思ったんです。
-J
なるほど。あまり考えたことが無かったです。言われてみれば街とか家とか現実空間を映し出しているような感じがしますね。
-L
はい。私にはこれが一つの街に見えるんです。
作品としてチラシを描いているんですが、都会を描写しているんだと思うんですよ。
だから日本の方は、情報がいっぱい詰まった、ビジーなチラシのほうが落ち着くんだと思います。なんだか新宿っぽい感じもしますしね。

チラシと規格の共通点

-L
先ほどISOのユニットプライスの話がありましたが、欧米のチラシは商品周辺の「メタ情報」ってそんなに重要じゃないんですよ。チラシは機能としては、値段が分かればいいんです。その意味でもユニットプライスの規格ができたことはよく理解できます。でも、日本のチラシは「おまけの情報」が結構入っていますよね。例えば「この商品はレストランでも出されています」みたいなのとか。
-J
なるほど。その意味ではチラシにも統一規格ができる余地はありそうですが、先ほどの「リズム」のお話を考えると規格が入らない世界を残しておきたい気もします。
-L
チラシの情報量が多くなる理由は、「言語の違い」も関係しているのではないかと思います。
日本語だと自然と文章が長くなる気がします。あと、現代ではリスクヘッジのため、「注意書き」がたくさん書かれますよね。「商品はイメージと異なる場合があります」とか。
チラシのこういうところは、世相を反映しているな、と思います。
-J
規格も同じで世相を反映して常に内容を見直し、変わっていきます。チラシも同じかもしれませんね。昔と今とでチラシで変わってきている点などはあるのでしょうか?
-L
チラシも色などはトレンドも入ったりしているんですよ。流行っている色とか形とか。韓国であれば、韓流アイドル的な色合いが入るみたいな。
ただ、私個人の感覚だと、なんとなくグローバル化してきているように思います。NETFILXみたいな感じで、ローカライズはしているけど、言語だけ変えてレイアウトは全部一緒になるみたいな。今後はこの路線がベースになっていくのではないかと思いますね。
そうなると、日本のチラシ文化も、古い人がいなくなって、若い人にはもうそもそも要らないものだからこれも時間の問題で、消えてしまう文化になるのかもしれませんね。
-J
なるほど。最終的には統一されていく流れになるのかもしませんが、ちょっと寂しい気もしますね。
最後にLEEさんが思うスタンダードについて教えてください。
-L
私にとってのスタンダードは、「LEEカード」※です。
今世界に700人ほど持っている人がいますが、このカードを持っている人を大事にしていきたいですし、世界に広げて行きたいと思っています。

※免許証、保険証、学生証、各種ポイントカードなど、さまざまなカードをもとに、LEE KAN KYO氏が手描きでつくる会員カードのこと。このカードを持ってLEE氏に会うとポイントがもらえる仕組みがある。



LEE KAN KYO(李漢強)

台湾出身。東京造形大学大学院(造形専攻)修了。幼い頃から見ていたTV番組で、日本のエンターテインメントに魅力を感じ、2007年来日。スーパーのチラシ、週刊誌、ポイントカードなど消費社会の現象に着目した創作で、第10回グラフィック「1_WALL」グランプリ受賞。