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写真家 中野道氏に聞く「ものづくりと写真」 

2021/05/21

ISO/DIS 23592(サービスエクセレンス―原則及びモデル)に代表されるように、近年、サービス分野の国際標準の開発が大きなトピックになっています。ものづくりから、こと・体験づくりへとビジネスの視点が変化してきている現状を踏まえ、この規格で語られる内容は、サービス業のみならず、全ての組織に適用でき、エクセレントサービスによって卓越した「顧客体験」を実現することで、顧客ロイヤルティを獲得することを意図したものになっています(今春発行予定)。
このように、事業を取り巻く環境変化に伴う、ものづくり分野におけるサービスの在り方について、どうすべきか悩んでいるとの声を多く頂いています。
そこで今回は、写真家である中野道氏に、「ものづくりと写真」と題し、ものづくりと写真の共通点や「顧客体験」の重要性など、製造業におけるサービスのヒントになるお話を伺いました。

写真を始めたきっかけ

JSA(以下、J):
活動されてどれくらいになるのでしょうか?
中野道(以下、中):
当初は現在と違う名前を使っていましたが、2016年からなので、現在5年目です。現在の名義になってからはちょうど1年というところです。
J:
もともと写真をやられていた訳ではなかったそうですが。
中:
そうですね。最初は作家を目指していました。
私はアメリカの大学に留学しているのですが、在学中に演劇を少しかじりました。文学と演劇は、戯曲ですとか、繋がっているところが多くあり、ちょうど同じ学部の中に演劇をやっている人たちがいたのです。
日本人が少なかったため目立ったのか、「自分の書いた劇に出演して欲しい」という人が沢山いまして、色々なことをやらせてもらったんですが、自分には役者は向いていませんでした。
その大学は自前の劇場も持っているくらい演劇に力入れていて、リハーサルのときなどもパンフレットを作るために写真を撮ったり、いろいろなことを結構しっかりとやるんですよ。
そこで、撮影や照明、音響など裏方の仕事にすごく興味をもちました。
写真は、その当時持っていたコンパクトカメラで風景なんかを見様見真似で撮り始め、興味を持ったのが最初ですね。
J:
写真を仕事にされたきっかけは?
中:
日本に帰ってきたのが、ちょうど2011年、震災の年だったのですが、当時まだ作家を目指していた時にインターネットで川内倫子さんの写真を見まして、感銘を受けたことがきっかけです。
彼女の写真集を見始めて文章じゃなくても、色々なことを伝えられる本が存在するんだと思い、自分でもやってみたいと思ったのが本格的に始めたきっかけになっています。

また、実家に帰った際、父のフィルムカメラがあって、壊れていたのですが、レンズは生きていたので、自分で付け替えたりしているうちに、楽しくなってきたこともあります。

加えて、たまたま当時アルバイトしていたAmerican Apparel社が、凄く社員と経営層の距離が近く、アメリカ本社の社長が日本に視察に来た際に話す機会があったので「写真をやってみたい」と言ったら、社長から「会社のためにやらないか」という話をいただきまして、それが最初の仕事になりました。とてもクリエイティブな部分に力を入れている会社だったので。
ただ、その時はまだ経験のために、という程度でプロになるとは思っていなかったですね。
J:
映像のお仕事もされているそうですが、そちらはいかがでしょか?
中:
実は初めてカメラを使って仕事をしようと思ったのが、ミュージックビデオ(MV)でした。
もともと、映像をやっている知り合いが周りにいて、自分も音楽をやっていたこともあり、あるバンドのMVを手掛けたのが最初でした。
周りの人に自分の好きなバンドについて、「映像はやったことはないけれどMVを撮ってみたい」と言っていたら、話がまわりまわって本人たちに伝わって、当時ロンドンに2か月ほどいたこともあり、会ってみることになりました。
そこで意気投合し、撮影。アーティスト自体が注目されていた人たちだったので、作ったMVがMTVのヒットチャートで評価されまして、仕事になりました。
J:
そこからまた写真に戻るわけですね。
中:
はい。写真の方が好きでした。最初は動画が仕事になってしまい、どうしたものかと思っていたんです。
今も動画は仕事としてはやっていますが、名義を変えた一つの理由には写真がありました。
名前が上がった時に、「MVの監督をやっている人だよね。」という印象が強くなってしまうので、写真ではゼロからスタートしたいなと思いまして。

フィルムへのこだわり

J:
フィルムカメラを使われる理由を教えてください。
中:
単純にデジタルだとまた新しい技術を覚えなければいけないので、そこが面倒くさいというのがありました。
また、デジタルが出始めたときに、フィルムとトーンの出方が全然違うこともあって、フィルムの方を選択したというのも理由です。もうちょっと掘り下げていくと、一番大きな要因はフィルムの場合は「その場で画像が見られない」ということでした。
J:
そこはどう影響するのでしょうか?
中:
本来の写真って、「この瞬間が楽しいから撮る」というものですよね。それを後から現像してみて、「あの時はこうだったよな」と感じるわけです。
例えば友人と旅行に行って喧嘩して嫌だった思い出とかも、数年たって改めて写真を見返すと、「やっぱり楽しかった」と思うことってありますよね。それは単に「写真」という印刷物を見ているのではなくて、写真の中に「今の自分」や「今の自分の感情」の投影を見ているということなんです。
J:
なるほど。
中:
いったん時間を空けて見ることで見方が凄く変わってくるんですね。
さらに言うと、一眼レフのカメラだったら、露光などを間違えたら、色が転んだり、感光してしまうこともあります。そこで写し出された写真は本当にその当時生きた世界とは違うはずなんですが、「こういう色だったな」という気がしてしまったりして。記録が記憶を塗り替えちゃうんですよね。
J:
写真は、感情などと合わさって初めて作品になると。
中:
はい。良い写真とは、技術とか構図とかそういうことではないと思っています。それは好き嫌いの話であって、誰がこの写真を良いと言おうが、自分がそれでいいと思わなかったらダメだと思うんです。また、自分にとって技術面では良い写真でなくても、そこに自分の記憶を刺激する特別なものがあれば、それは本当に良い写真と言えるのだと思います。
ものづくりもそうかもしれませんが、自分が作ったものが「特別なものだ」ということを、作り手自らが本当に心の底から自信を持って言えることが大事で、それがあれば、必ず共感してくれる人たちは出てくると思うんです。
その絶対数を増やしていくことが、多くの人に届くものを作ることなのかなと思っています。

規格開発と写真

J:
一般的にインプットからアウトプットまでに時間がかかるものは深いといいます。
我々の世界でいえば、規格は開発に多くの時間がかかる分、様々な知見の蓄積があるといえます。フィルム写真もきっと同じなのですね。
中:
同じですね。暗室でのプリントは、作業の際、自分でフィルターをいじったり、露光時間を調整したりするのですが、そこで出てくる色はその過程によって全く違ってきます。これは当時の自分の記憶を思い出した上で色を構築し、それと今の自分の記憶や感性を照らし合わせるという作業なんです。つまり、「自己との対話」です。
J:
規格開発でも重要なのは対話に基づくコンセンサス(合意)の形成です。中野さんの写真の定義にも「対話」があると。
中:
はい。例えば人物を撮る時は、相手ありきじゃないですか。ですので、相手とのコミュニケーションをしっかり取るとか、その人がどういう人でどういう気持ちで現場に来ているかとか、色々なことを考えつつ対話しながら撮っていくのが、一番良いやり方だと思うんです。
デジタルもデジタルの持つ良さはあるのですが、デジタルの場合、対話ではなく、目の前に生身の人間がいるのにスタッフ陣が皆モニター見ながら指示を出している感じになってしまうことが、ときに失礼なのではないか、と感じてしまうことがありますね。

ものづくりと写真

J:
写真も一つの「ものづくり」といえるように感じました。今後はどのような展開を予定されているのでしょうか?
中:
ものづくりだけではなく、全てのことに関連するかもしれませんが、物質的価値を提供するのではなく、体験的価値を提供することを重視していきたいと考えています。
最近、Stella McCartney(ビートルズのポール・マッカートニーの娘ステラ・マッカートニーによる服飾ブランド)の仕事をする機会がありまして、スタッフの人たちと色々なことを話したのですが、このブランド自体がSDGsをテーマにしている企業で、物質的なもの、というより体験的な部分に価値を置いていました。
Stella McCartneyの洋服は非常に高価ですが、その洋服を買うということは、単に服がおしゃれだからというだけではなく、環境に良いことをしている、SDGsの活動をサポートしている、商品購買によりその会社の社会貢献活動を支援できている…というような体験を顧客は買っているんだな、と改めて思いました。

私は写真でこれをやりたいと思っていまして、現在、顧客が使えるカラー暗室を作っています。
カラー暗室自体は決して環境に良いものではないですが、先ほどお話した、自分でプリントして、手元に残す、この過程で生まれる「自己との対話」を多くの方に体験して欲しいのです。
フィルム写真も若い方たちの間では流行っているとはいえ、現像してCDに焼いてもらって、データをスマートフォンに入れて、インスタグラムに投稿してお終い、それはそれで楽しいのですが、デジタルとの決定的な違いである「対話」の意味が未だ見い出せていない人は多いと思うんですね。
暗室を体験することによって世界的な写真家になる人が出るかもしれませんし、誰かの日常や未来が少し変わるかもしれない。
「誰かの未来を変えるかもしれない体験」を提供していける人に私はなりたいですね。
J:
写真家の方でそのような取組みをされている方は未だいないように思います。
中:
そうですね。今後はワークショップにも力を入れていきたいなと思います。
本当に微力ではありますが、フィルム写真の良さを伝えていきたいですし、体験的価値を提供していくことが結果的に後から物質的価値を自分にもたらしてくれるのではないか、と思っています。
J:
ものづくりのヒントになりそうですね。最近は「製造業のサービス化」などとも言われ、ものづくりだけに留まらない価値を提供していくことが求められています。
中:
SDGsについては、実はアップル社で学んだことがベースになっています。アップルが提供しているものは体験なんですね。私はちょうど表参道のアップルストアのオープン時に在籍していたのですが、アップルが一番誇りを持って作っているプロダクトはアップルストアでありアップルストアの人材なんです。
アップルストアではスタッフが様々な工夫をして、カスタマーの生活を豊かにすることを小さなところからでも提供することを心がけていました。そのような体験の提供によって、カスタマーはiPhoneを好きになるのではなくて、アップルを好きになるんです。
でも、先ほどのStella McCartneyがやっている活動も含め、これはそもそも日本の得意分野だと思うんですよ。そこに気が付いていない人や企業が多いように感じます。
私の活動が少しでもその気付きにつながれば嬉しいですね。


中野 道



写真家 / 映像作家
1989年アメリカ・ノースカロライナ州生まれ。東京在住。上智大学院文学研究科修士課程修了。2015年から写真家・映像監督として様々なフィールドで活動中。
2020年には、写真集「あかつき」を発表。
michinakano.com