
設計の標準化から生まれる住まい 建築家 伊礼智
2020/03/13
設計の標準化から生まれる住まい
- 設計の標準化に取り組んだきっかけ。
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20年ほど前、東京・東村山市で「ソーラータウン久米川」という分譲住宅の設計に関わりました。建築家が分譲住宅に関わる事が、まだ珍しい時代でした。施主がOMソーラーの加盟工務店であり、全棟、ソーラーを搭載し、自然素材に包まれた分譲住宅を供給したいとの思いからOM研究所に設計を依頼して頂きました。当時、僕はOM研究所のメンバーとして活動していたので、僕が中心になってプロジェクトクをまとめる事になりました。
ソーラータウン久米川全体模型
1坪の標準玄関、1坪野標準階段2種類(廻り階段と直進階段)、1坪の標準洗面所、1坪の標準浴室(ハーフユニット利用で浴室もソーラー床暖房する)、1帖の標準トイレを用意し、その他の部屋は住まい手の要望や敷地の形状などに会わせて設計しています。
リビング
分譲住宅でありながら注文住宅の要素を取り入れた、セミオーダーの家づくりになりました。
敷地内にモデルハウスを建て、それを見て頂きながら住まい手の要望を盛込み、標準化した部屋を駆使しながら建てていくのですが、標準化したことで職人の仕事の精度がどんどん上がり、スピードも速くなりました。
「安く、早く」から導入した設計の標準化は、「仕事の質」向上につながる事が分かったことは大きな収穫でした。コストダウンの努力にも関わらず、質にこだわったので、ソーラータウン久米川は相場より900万円も高い値段でした。それでも1年半の時を経て、何とか完売する事ができました。
設計を標準化した事により、巷の分譲住宅とは違う魅力と確かな仕事を提供できたからではないか?と感じています。 - 標準化から一歩踏み込んだi-works project
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分譲住宅が無事完売した勢いで、このプロジェクトで培った「設計の標準化」は相羽建設と共に普段の仕事で活かされる事になりました。名前を「i-works」と名づけていただき、相羽建設はその後、しばらくの間、年間30棟ほどのi-worksを手掛け、今に至っています。数が増えるに連れて標準化のバリエーションも増えていきました。予算に余裕があるものは年に数棟、伊礼智設計室で設計をお引き受けし、改善とチャレンジを重ね、うまくいったものは新たな標準に加わるという循環も生まれました。
伊礼智設計室では他の工務店との仕事でも「設計の標準化」を取り入れ、注文住宅と規格型住宅の境がだんだん曖昧になっていきました。そうして2010年に「守谷の家」が完成します。設計の標準化は建築家としてはタブーであり、建築家としての将来を、心のどこかで案じていたものですが、守谷の家の完成で、設計を標準化してもこのクオリティの住まいができ上がる事を目の当たりにし、設計の標準化への迷いは吹き飛んだのです。
守谷の家は「設計の標準化」の到達点だと感じました。後日、その実績で「建築知識」が選ぶ住宅の住宅を変えた50人+αに選ばれる事になります。
守谷の家外観(写真:西川公朗)
守谷の家インテリア(写真:西川公朗) - 標準化が設計の広がりと進化を生む
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これを機にもう一歩踏み込んで、これまで標準化してきた部屋をパッケージ化し、建物まるごと1軒を規格化した、よりリーズナブルな住まいを提案できないかと取り組んだのが「i-works project」です。
このプロジェクトは全国の工務店40社、メーカー7社と伊礼智設計室の取り組みとして、現在、i-works1,0〜4,0までのラインナップ、これまでに計44軒(内、39軒は工務店の設計)の家が全国に建っています。
ひとつのプロジェクトから生まれた設計の標準化は、今や伊礼智設計室の手を離れ、共通の美意識、価値観を持つ仲間に共有されるようになりました。住宅をゼロから考えるのではなくて、標準化されたものをベースにカスタマイズしていく家づくり、それを地域工務店が担う形が整ってきました。
「設計を標準化し、繰り返し、繰り返し改善し、進化していく」・・・ものつくりとして当たり前の姿勢なのですが、建築家の世界では、それはいぶかしい眼で見られるのです。建築家ほど「標準」という言葉が嫌いな職種はないのかもしれません。「標準」という言葉が良くないのなら、他の分野の言葉に置き換える事ができないか?と考えてみた事がありました。
i-works1,0(写真:西川公朗)
i-works1,0(写真:西川公朗)
i-works1,0(写真:西川公朗)
僕の言う「標準化」も設計の下ごしらえと言い換えても良いのかもしれません。
また、家具づくりの世界では「治具」(ジグ)という言葉があります。
家具を造るための道具のことで、家具のパーツを職人が手早く正確にケガなく造れるように考えられた道具です。設計の標準化は新人からベテラン、誰が担当してもある一定の水準の仕事ができるための「治具」であると言ったほうが伝わりやすいのかもしれません。
あるいは、ある優秀な方しかできなかった事を、誰でもできるように考ええた仕組みが設計の標準化と言い換えましょうか?
確かな、責任ある仕事をするための仕組みであり、最終的には標準化したものがその人の作風となるのでは?と考えています。
下田のゲストハウス(写真:西川公朗)
下田のゲストハウス(写真:西川公朗)
1959 年 沖縄県生まれ。琉球大学理工学部建設工学科計画研究室卒業、東京芸術大学美術学部建築科大学院修了後、丸谷博男+エーアンドエーを経て1996 年に伊礼智設計室開設。2016 年〜現在、東京芸術大学美術学部建築科非常勤講師を務める。
著書
2009 年 | 伊礼智の住宅設計作法(編集/新建新聞社 発行/アース工房) |
2012 年 | 伊礼智の住宅設計 |
「伊礼智の住宅設計」 | |
標準化から生まれる豊かな住まい(発行/エクスナレッジ) | |
2014 年 | 伊礼智の「小さな家」70のレシピ(発行/エクスナレッジ) |
2016 年 | 住宅建築家・3人3様の流儀 中村好文、竹原義二、伊礼智(発行/エクスナレッジ) |
2017 年 | 伊礼智の住宅デザイン デジタル図面集 (発行/エクスナレッジ) |
2017 年 | 伊礼智の住宅設計作法Ⅱ 確かな住宅設計のための一問一答 (発行/新建新聞社) |
2018 年 | 「オキナワの家」が復刊ドットコムより復刊される |
2019 年 | 伊礼智の住宅設計(発行/エクスナレッジ) ムックから書籍として再販 |
2019 年 | 5人の先生が教える 一生幸せなエコハウスのつくり方(エクスナレッジ) |