NEWS TOPICS

会員向け情報はこちら

SQオンライン

IWA 42(ネットゼロガイドライン)の位置づけと今後

2023/06/07

2022年11月11日、エジプトで開催されているCOP27の会場において、ネットゼロガイドライン(IWA 42: 2022)が公表された。国際標準化機構(ISO)と国連のRace to Zero、そして気候変動枠組条約のGlobal Innovation Hubの3者協働によるOur 2050 Worldイニシアチブによって策定され、ISOの国際ワークショップ協定(IWA)プロセスを通じ、英国の標準化機関であるBSIがリード役を担って開発された。

ネットゼロガイドラインは、IWAプロセスの特性(ワークショップの開催を通じた文書化)を活用して3ケ月という短期間で発行に至ったもので、企業等の組織が自らネットゼロ目標を設定することや具体的取り組みに関する指針が示されている。パリ協定では、企業等に対する直接的な要求は規定していないことから、今回のアクションは、世界共通のガイドラインを示すことで、パリ協定の枠組みの外から各国政府や企業に対し働きかけを行うという国連とISOの戦略的意図によると考えられる。実際にグティエレス国連事務総長は、「COP28までに、全ての自主的なゼロエミッションに関するイニシアチブが、本ガイダンスに準拠して基準を改訂・運用することを要請する」と述べるなど、その意図が伺える。

本ガイドラインは各国政府や企業への強制力を有しないため、その影響は現時点では不透明である。しかし、前述したRace to Zeroキャンペーンには、2020年6月の発足以降、10,000を超える組織等が参加し、共通の基準の下で、ゼロエミッション化の取り組みを進めているとされる。キャンペーンに参加することで国際社会による企業等の評価を高めることをインセンティブにし、逆に実際の活動が基準を満たさない場合にはキャンペーン登録を抹消されるといった厳格な側面も有する。パリ協定が加盟国に対するルール作りから実効性のある運用にステージを移す中で、こうしたアプローチに各国政府や企業がどう反応・対応するのか注視していく必要がある。

一方で、ISO/TC207/SC7/WG15では、英国が提案したISO 14068(カーボンニュートラリティー)の国際規格が開発中である(現在、DISステージ)。この規格は、企業等がカーボンニュートラルを宣言するための原則を示すものであるが、このISO 14068は内容的にIWA 42と重複する。そのため、ISO 14068の開発に参加するエキスパートや、TC207/SC7から、IWA 42の開発プロセスや内容に対する疑義が提起された。その後、そうした流れも配慮しつつ、ISO/TMBでIWA 42に対する決議(2023年3月開催の第86回会合)が行われている。具体的には、IWA 42開発チームへの謝意を示しながら、①IWA 42は、ISOのネットゼロ規格分野に対して有効な機会を提供し、➁この機会をとらえてネットゼロに対処する国際標準開発を行っていくことにコミットするとしている。そして、③ISO/TC 207/SC 7に対して、IWA 42の内容をSC 7における規格開発に活用し、当該分野でのISOの存在感強化や訴求を行うことを奨励している。すなわち、IWA 42をISOにおけるネットゼロ関連規格開発の起点として位置付けたことになる。

今回のIWA 42の内容に関しては、その活用可能性について課題があると筆者は考えている。例えば、企業等は自らが排出するGHG削減行動を最優先とし、クレジットの利用は、ゼロエミッション化に向けた移行期での残余排出量(最終的なゼロエミッション達成に向け自らでは削減できないGHG排出量)をオフセットするためのGHG除去由来のクレジットに限るべきという点である。本来、クレジットの活用という経済効率的なメカニズムを活用することで、企業等の対応手段の柔軟性を高め、特に脱炭素化に向けた移行段階における社会全体での取り組みを促進することが期待されるが、その利用を制限している。更には、企業の低炭素型製品の開発・販売に対するインセンティブとなる削減貢献量(Avoided emission)について、その評価により需要家の購入選択行動を変えることで社会全体でのCO2削減に繋がるとしているが、企業のカーボンニュートラル目標にはカウントすべきではないとしている。

この様に、一言でいえば非常に規範的な取り組みを求める内容となっているが、今後、このIWA 42を起点とした規格群が活用されるかが論点になる。例えば、国や地域、業態ごとに特性が異なる中で、全ての企業がIWA 42に準拠したカーボンニュートラルに向けた取り組みが実施可能か、新興国・途上国の企業に対応する能力はあるのかといった点が含まれる。機械的に考えれば、世界全体でのカーボンニュートラルは全ての企業等の実績の積み上がりであるが、それぞれの主体の実現可能性には限界があり、そうした状況を相互補完的に対応する仕組みが世界全体でのネットゼロ実現に向けては不可欠であると考える。単一の企業等にとにかくカーボンニュートラルを求める評価方法に拘泥するあまり、フリーライダーを生む遠因になっては意味がない。今後は、IWA 42をはじめとするカーボンニュートラル実現に向けた規格群が、世界全体でのカーボンニュートラル実現と実施可能性がある企業等が目指すべき目標・行動との相互関係に留意した規格内容へと発展していくことが期待される。



工藤 拓毅(くどう ひろき)

一般財団法人日本エネルギー経済研究所理事、電力・新エネルギーユニット 担任
専門分野:エネルギー需給分析・予測、地球温暖化政策、新・再生可能エネルギー政策、省エネルギー政策、温室効果ガスインベントリ・検証等の国際標準化