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HAIIRO DE ROSSI氏に聞く「音楽、アパレル、持続可能性」(中編)

2022/03/18

前編では、forte立ち上げの経緯や、衣服ロスの取組みについて伺いました。中編では、ヒップホップの本質的な意義など、音楽を中心に伺います。

スタンダードとは?

J:
先ほど「スタンダード」という言葉が出てきましたが、こちらはどうお考えでしょうか?
H:
実は「スタンダードとは何か?」っていうのは最近ずっと考えていたことで。
俺の中での現時点での答えとしては「初速に頼らない」と、消費者というか購入者の「欲のピークを買う前に持ってこない」です。初見で面白いものって、消費されるのが早いんですよ。
簡単に言うと「いい意味でつまらない、面白過ぎない」こと。
例えば、「新しい商品が出ました、良いデザインだ、ポチっ」みたいに、「手に入れる前」にピークが来るのは良くないと思っていて、それはスタンダードでは無い。俺が思うスタンダードっていうのは、そこがピークじゃなくて、服だったら、買ってきて袖を通して何回か着た時に「あ、これ良かったな」って思うこと。これが俺の思う定番なんですよ。

これは音楽にも言えることで、予約開始と同時に妄信的に買う、がピークになっちゃうと良くなくて。もちろん、聴いた瞬間に「ガン」って喰らうのも良いんだけど、どちらかというと、聴くことより「理解した」ときにピークが来て欲しいですね。だから「ピークを後にずらす」っていうのは常に考えています。
一番良い例で言うと、A.P.C.(デザイナー、Jean Touitouのブランド)のジーンズって3型ぐらいで全部回していますよね。
J:
そうですね。ニュースタ(New standard)とか。名前もスタンダードですしね。
H:
いつ行っても変わらない。着古して同じものをまた買いに行くっていうのはすごくスタンダードじゃないですか。コム・デ・ギャルソン(デザイナー、川久保玲のブランド)のバッグとかもそうですが、同じなんだけど改良されていって、より良くはなるけれど、大きくは変わらない、こういうものが、定番(スタンダード)だと思っています。

2017年にforteでアパレルを始めた時に、ハイブランドのロゴパロディとかを出すと、やっぱり反応は良いんですよ。初速も出て売り切れて、ってことはできるんだけど、それってあんまり誰のためにもなっていないなと。それよりは、お客様と俺とレーベルとを全部フラットにして、その全部が成り立つ形にしたくて、それは「スタンダード」が無いと成り立たないんです。
だから、「このデザイン超カッコいい、ポチっ」っていうのを遅らせたい。
J:
私はストリート寄りのアパレルをよく買うのですが、ビジネス的にはほとんどが初速で、音楽もアイドルなどは同じだと思うのですが、その逆ですね。
H:
そう。それが俺はもう遅いと思うんですよ。これからはいかに同じものを使い古すかとか、着古すかとか履き潰すかになっていくから。どんどんモノを減らしていく段階だから。
これからはモノを長く使って、着古して、「ノームコア」っていうムーブメントが一時期ありましたが、あれに近い感じで。
「使い込んでいるのはカッコいい」みたいな思想になっていくんじゃないかなって思いますね。

アイドルのCDを握手券のために何10枚も買うのとは対極ですよね。考え方としては。最近気づいたんですけど、ロゴは本当に1個あれば十分だし、せいぜい2~3個以内でどうにでもなる。みんなデザイン性とかに行くんだけど、そもそもシルクスクリーンってストリートの文化だから、別にそんなにお金かけることじゃなくて。

アパレルも今はパターンから作ったりはできないから、シルクスクリーンをメインにして、要はストリートのマインドをメインにして、かといってストリートのものをやっているんだけど、何か次に繋がる知恵とか品格を意識できるようなブランディングをしていきたいなと思っています。
J:
一方で、初速で判断することに慣れてしまっている現状では、消費者側のリテラシーが上がっていかない懸念があるようにも思いますが。
H:
たしかにそこは難しいんだけど、それは今回のようにお話しさせていただく機会とかで示していけばいいと思うし、こちら側から「こうした方がいい」っていうのは敢えて言わないようにしています。
J:
それは何故でしょうか?
H:
さっきの話と同じで、俺が居るところの話って、ちょっと先の話だから、大衆には中々理解してもらえない。理解される頃にはもう俺はいないから、こうやって文章とかで残しておいて、後でどうぞっていう感じですね。

横に広げる

H:
グッズなのか、アパレルブランドなのかは、作る側がはっきりしてあげないと、最初に言ったように、リスナーやファンの財布を疲弊させてしまいます。
人気のみで商売すると同じ人が妄信的に買い続けることになる。だからあまり横に広がらないんですよね。
裕福な人は別ですが、普通の生活をしていると、本当にそのアーティストが好きで、お金をそこに使いたいっていう人は、週に何作も出されて、必死で付いていって結果的に苦しくなってしまうのであれば、それは良くないことで。
自分達が潤うことだけを考えるのではなく、リスナーやファンのことも考えないと。何十回も買ってくれる人に「ありがとう」って本当に思うのであれば、俺らがするべきことはその人を離さないことではなくて、「横に広げる」ことだと思うんですよ。
客商売とかもそうだと思うけど、「太客だけを大事にすればいい」みたいなのはどうかと思いますね。
J:
よく分かります。ただ、ビジネスの世界では、「客を囲い込む」など、何かと顧客を数字として見てしまいがちです。
H:
それって提供者側の利益にしかならないんですよね。例えばカルチャーとしてforteというアイデンティティを残したいと思うのであれば、やっぱり自分が即潤いたいっていうマインドからは解放されるべきなんですね。
大きく儲かりました、と言ったときに、全部自分の懐に入れるんじゃなくて、これをどうやって回したら周りも幸せになるだろうという感覚でやっていった方がいいと思うんです。

ヒップホップが可能にしてくれること

J:
先ほどの「ラグジュアリー・ストリート」もそうですが、ストリートにはずっと居られない、ということですよね。
H:
そうですね。アメリカでヒップホップやっている人達もそうなんだけど、あの人たちって要はストリートから抜け出したくてやっている訳だから、「ストリートに居続けようぜ」っていうメッセージをブランドが出しちゃうと、アーティストもファンもそこから抜けられなくなっちゃうんですよ。お互いに。
もちろん、自分のルーツは大事なんだけど、そこは抜け出して、そのマインドは持ちながら上に行こうと。それは社会貢献だったり動物愛護だったり、児童養護施設に寄付したりとか何でもいいと思うんですけど、社会や地元に対して還元することを、ストリートから抜けたところで、ストリートのマインドだけ持ってやるっていうのが、ヒップホップが可能にしてくれることだと俺は思っています。
だからケンドリック・ラマー(アメリカ、コンプトン出身のラッパー)とかもそうだけど彼は抜け出したいけど抜け出せていない人達の指導者になってくれているんですね。彼は自分だけ抜け出して逃げたりはしないから。その人達に「どうしたら抜けられるか」を教え続けているんです。

ツールとしてのヒップホップ

J:
先ほどケンドリックのお話が出ましたが、ヒップホップについてもう少し掘り下げて伺いたいと思います。
H:
ヴァージルとかケンドリック・ラマーとか、あくまでアメリカ人のことで、それはアメリカの黒人がやったことだから自分は違うって思いがちなんだけど、そんなことは全然無くて、日本でもそれをストリートというか否かはその人によるけど、抜け出せてない人、抜け出したいと思っている人って沢山いるんですよね。
J:
抜け出す対象は人それぞれ、ということですね。
H:
はい。それは貧困なのかもしれないし、病気なのかもしれないし、人間関係かもしれないし。
抜け出すための指針になるっていうのは、アメリカのヒップホップだと分かりやすく、ドラマチックに見えるけど、日本でもやるべきだし、やれないことは絶対無い。
ただ、やる側も受け取る側もリテラシーがある程度必要。例えば、ドラッグのことを歌っているラップを聞くと、特に若いリスナーは影響されやすいですよね。
それぐらい、リスナーからしたらプレイヤーは輝いている存在だから。その自覚をプレイヤーが持った時にどういう発信をしたらいいかなと。
それは刺激的じゃなく、面白くもないかもしれないけど、正しいことだったり、正しくあろうとする姿勢を見せることをやるべきだと思っています。
J:
リスナーも本質を見る力量が必要ですね。
H:
「成功して大金をゲットする」ことだけが抜け出すスタンダードではないんです。抜け出す方法ってすごく沢山あって。たまたま分かりやすい例として、「昔悪かった人が努力して成功して」がありますけど、こういうのはなぜか印象良く映るんですよ。
でも真面目にずっとやってきた人達が真面目に結果を出している方が本当は評価されるべきじゃないですか。自分のアティチュードっていうのを見つけるのが一番いいのかな。
いずれにせよ、ヒップホップをやるからにはこの成り上がり方しかないみたいなのは全然無くて。
J:
「ゲインロス効果」的なものはありますよね。
H:
ジャンルのテンプレートみたいなものがあるとしたら、そこに合わせる必要は無いですね。ただ、自分のテンプレートは作った方がいいと思うんですよ。「俺はこういう時こうする人だ」みたいな。

HAIIRO DE ROSSI



HIPHOPアーティストHAIIRO DE ROSSIとして活動。 21歳の若さでSlye Recordsからデビューし、二枚のシングル、二枚のスタジオアルバムを経て独立(レコードやシングル、客演等のディスコグラフィは100曲を越える)。独立後に発表した3枚目のアルバム『forte』がHIPHOP界のみならず賞賛を得た。また尖閣諸島の問題について発表した曲や震災後の復興支援で使われた曲等はYahoo!ニュース等で取り上げられ、文化雑誌等からの オファーも相次ぎ、活動家としての一面も併せ持つ。 その後体調不良による約二年半の活動休止を経て2014年5月に復帰作として発売したシングルがオリコンインディーズチャート9位を記録。 同年11月末に発売された最新アルバムも各媒体で高い評価を得た。その後、日本人に向けた別名義でのプロジェクトを経て、2019年に原点回帰の6thアルバムを発売。自身のアパレルブランドなどの展開も活発で、着実にファンを増やしながらハイペースで制作を継続。そして2020年ついにセルフタイトルの7thアルバムを発売。同年11/21には表参道WALL&WALLで初のワンマンライブを成功させる。翌年2021年には8thアルバムとなる『The Time Has Come』をアナログ盤でリリースした。その後、反響を受けアルバムのデラックス版もCDで同年にリリース。