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認知症共生地域社会の国際標準が完成した 山田 肇(東洋大学名誉教授、日本規格協会フェロー)

2022/06/20

1. はじめに

2017年にISOに設置されたTC 314(Ageing societies:高齢社会)で進めてきた、三つの国際標準が完成した。

高齢者就労に関するISO 25550については記事「高齢者就労の国際標準を利用しよう」で説明した。今回は、認知症共生地域社会の枠組みに関するガイドラインISO 25552について紹介する。

2. 国際標準作成の背景

加齢とともに身体機能や認知機能が低下する人は多いが、それらの人々は日常生活を送るために介護サービスを受けるようになる。

介護サービスには、老人ホームなどでの施設介護と自宅での在宅介護の二種類がある。OECD統計によると、2019年時点で、フランスでは547,320人が施設介護を受け、在宅介護は785,320人だった。フィンランドでは施設51,934人、在宅110,160人で、オーストラリアでは施設237,259人、在宅333,303人だそうだ。各国でばらつきはあるが、施設介護よりも在宅介護が多数を占めるのは共通である。なお、OECDには日本のデータは掲載されていなかった。

高齢人口の増加と共に介護を必要とする高齢者も増加する。介護を求める高齢者をすべて受け入れるように施設数を増やしていくのは困難であるため、各国ともに在宅介護が重視されている。わが国で推進されている地域包括ケアシステムも、「高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう」という目標からもわかるように、在宅介護が中心に置かれている。

在宅介護を受ける高齢者は自宅に閉じこもっているのだろうか。そうではない。彼らも地域社会の一員である。地域社会との関わりには老化の進行を抑える効果もある。

しかし、そのためには地域社会の側に受け入れるための準備ができていなければならない。地域社会にはどんな対応が求められるのだろうか。とりわけ、認知症を発症した高齢者に対してどう対応したらよいのだろうか。

世界各国が共通に抱える、認知症の人や介護者と共生する地域社会の枠組みについてガイドラインを作ろうと、国際標準化活動が動き出した。

3. 対応委員会の組織化

認知症の人や介護者と共生する地域社会の枠組みはわが国にも重要であるため、国内に対応委員会を組織して標準化活動に臨んだ。

国内対応委員会には二つの特徴があった。第一は、認知症当事者の参加。「認知症の人と家族の会」や「日本認知症本人ワーキンググループ」から委員を派遣していただいた。国際標準化される地域社会の枠組みは、当事者からみて住みやすい必要があるからだ。

第二は、日本在住のスウェーデン人をエキスパートにお願いした点。欧州と日本の介護事情に詳しいエキスパートは、各国の相違を乗り越え国際標準を作成する作業に大きく貢献した。

4. 日本の先行例の紹介

わが国は人口の高齢化で世界の先頭を走っている。そこで、わが国から先行例を提供するようにした。まず、前述の地域包括ケアシステムの概要を紹介した。

和歌山県御坊市の「御坊市認知症の人とともに築く総活躍のまち条例」も紹介した。御坊市の条例は2019年施行で、全国各地で進められている同様の条例の見本になっている。御坊市条例の掲げる基本理念は次のとおりである。

  1. 1. 認知症になってからも希望と尊厳を保持し、自分らしい暮らしができること
  2. 2. 認知症の人がその意思によりできることを安心かつ安全に行え、いつまでも新たなことに挑戦できること
  3. 3. 認知症の有無にかかわらず、全ての市民が暮らしやすいまちとなるためにそれぞれが活躍できること

御坊市の条例内容は国際標準にも取り入れられた。地域社会は、認知症の人と介護者が尊敬と威厳を保ち、機会と資源を公平に利用できるようにするのがよい。認知症の人が慣れ親しんだ地域の施設を利用できるというだけではなく、新たに興味を持ち利用しようと考えた施設も安全に利用できるべきというのは、御坊市基本理念の第2項に対応する。

わが国の先行例の紹介は国際標準を作成するのに役立っていった。

5. 行動領域への配慮

御坊市の条例も、他の市町村の条例にもあまり記述されていない事項がある。それが認知症の人の行動領域への配慮である。ガイドラインISO 25552はこれに一章を費やしている。

ガイドラインは、認知症の人の身体的、心理的、社会的ニーズを満たすように地域社会の側が対応すべき領域を「行動領域」として列挙している。行動領域は、住居、公共空間、公共輸送、事業、店舗、金融機関、製品、サービス、社会基盤、レジャー、リクリエーション、社会的活動、保健・社会的介護ネットワーク、ボランティア、信仰集団、子ども、若者、学生など多様である。

いくつか紹介しよう。

住居は、個人所有または賃貸住宅、公営住宅、老人ホームなどを問わず、認知症の人ができる限り自立できるように、また、差別されない形で提供される必要がある。わが国では年齢を理由に賃貸住宅への入居が断られるといった事例も散見される。年齢差別は認知症の人や介護者と共生する地域社会では好ましくない。

道路や広場、公園などの屋外公共地域に認知症の人が出向く場合もあるだろう。そのためには、ちゃんとたどり着けるようにわかりやすい行先案内が必要になる。ルート上にスロープや手すりを整備する安全対策も適切である。

認知症共生地域社会でサービスを提供する事業、職場、店舗、金融機関等は、アクセシビリティとユーザビリティに対応するように求められる。この項目については、ISO 22458を参照するのがよいとガイドラインには書かれている。ISO 22458は2022年に発行された最新の国際標準(JSA関連サイト)であって、Consumer vulnerabilityというタイトルが付いている。消費者の中にはさまざまに弱さを持つ者がいる。ISO 22458は弱さを持つ消費者を排除しないようにサービスを設計し提供するためのガイドラインである。

欧州連合統計局Eurostatは、家事労働等に支障をきたした65歳以上の高齢者の割合を国別に公表している(2014年データ)。それによると、ドイツでは34.8%が時々発生する家事の重労働に、16.5%が買い物に、14.4%が銀行などの利用に支障をきたしているそうだ。ガイドラインが求める行動領域での対応は認知症以外のこれら高齢者にとっても役に立つ。

6. まとめ

御坊市の条例は世界に誇れる先行例である。市は認知症の人の声に耳を傾け、認知症の人とともにより良いまちづくりを目指す。事業者にも、認知症の人が安心して働け、サービスや支援を利用できるような努力を求めている。

御坊市条例の理念を取り入れたうえで、認知症の人の行動領域への対応を明記したのが、新しい国際標準ISO 25552である。本文には個々の行動領域について対応すべきポイントが書かれ、さらに、付属書Aには行動領域に関する要求事項を実現するために検討するのが適切な事項がより詳細に提供されている。

行動領域に注目したという点で、新しいガイドラインは認知症の人と共に生きる地域社会の姿をよりくわしく示すものになっている。また、このガイドラインは認知症以外の高齢者の生活にも役立つ。

認知症共生地域社会の枠組みを示すこのガイドラインは、わが国地方公共団体での政策の立案と実施の過程で参考にできるだろう。



山田 肇

東洋大学名誉教授、日本規格協会フェロー