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第1回「繰返し除菌JIS」インタビュー(前編)

「繰返し除菌JIS」インタビュー

第1回
「繰返し除菌JIS」インタビュー(前編)

 2021年3月に制定されたJIS Z 2811:2021(繰返し除菌性試験方法)
 この規格は「繰返し除菌」効果の試験方法を定めたものですが、どのような特徴があるのでしょうか?
 専門家に詳しいお話を伺いました。

言葉の違い

JSA(以下「J」):
除菌、抗菌、殺菌、滅菌など、世の中では様々な言葉が使われていますが、こちらの違いについて教えて頂けないでしょうか?
高麗氏(以下「高」):
かつては、「抗菌」という言葉は、個社が考える定義を各々が語っている状況で、定義上統一がない状態でありました。
それが1999年に、生活関連新機能加工製品懇談会第一次報告として作成された「抗菌加工製品ガイドライン-新しいルール作りに向けて(平成11年5月20日)」が策定され、「抗菌という言葉を使うように」ということで、業界としての統一見解となりました。
これを受け2000年に制定されたJIS Z 2801(抗菌加工製品―抗菌性試験方法・抗菌効果)によって、「製品表面で、増殖可能な細菌を増殖抑制すること」とはっきりと定義されることとなりました。これが現在まで続いています。

一方、「滅菌」という言葉は、医薬品など、厚生労働省関係分野では使われていました。滅菌とは、「対象とする増殖可能なすべての細菌を死滅させること」という意味になっています。
そのため、「加圧する」つまり、「103kPa、121℃で高圧蒸気滅菌をする」というのが始まりです。

さらに、「殺菌」という言葉はこちらも様々なところで沢山使われていました。これは、「増殖可能な生菌数を全部又は一部を殺すこと」という意味になりまして、「細菌が1万個ある中で、1匹でも2匹でも細菌が死ねば、殺菌という言葉が使える」という意味なのですが、これも少し分かりづらいかもしれませんね。

「除菌」について、JISとして改めて定義がされた背景には、このような抗菌、滅菌、殺菌の違いがそれぞれに分かり難かったことも理由としてあります。
除菌とは、「対象物から生菌数を減少させること」になりまして、「増殖可能な細菌を有効量減少させること」になります。これは元々工業会で作成されました。
J:
メーカーが製品訴求をする際に、「殺菌」という用語を使うこともあるように思いますが、こちらは法律的な決まりがあるのでしょうか?
射本氏(以下「射」):
殺菌という言葉は、薬機法で疾病の予防・治療等を目的として用いられるため、その意味では「人」が対象、つまり「対人」になるのだと思います。この整理で考えれば、除菌は清掃・清浄を目的にしていることになるので、「対物」つまり「モノの上での菌の減少量」を目的とした言葉と考えることができると思います。

JISにおける「除菌」

J:
今回は、工業会で作られていた「除菌」をベースにJISにされたのでしょうか?
高:
JISには基本的に除菌の定義は何もない(※試薬分野に関してはJISの定義が存在していた。)、という状況でしたが、石鹸洗剤公正取引協議会では、「物理的、化学的又は生物学的作用により、対象物から増殖可能な細菌の数(生菌数)を減少させること」としていました。
また、公益社団法人全国家庭電気製品公正取引協議会では、「ある物質又は限られた空間により、微生物を除去すること」、また、一般社団法人アルコール協会では、「塗布することにより、増殖可能な生菌数を有効数減少させること」とし、「ふき取ることにより、対象物から増殖可能な生菌数を有効減少させること」と定めていました。
J:
除菌についても、さきほどお話いただいたとおり、元々各工業界で、方法も含め、様々な定義があったのですね。
射:
高麗先生がおっしゃるとおり、元々工業会などでは除菌の定義がされていまして、今回JISを作るに当たり、関係各所と意見交換をしながら、それらとある程度相反することなく、技術的、学術的な観点も踏まえつつ、定義をしました。そのため、既存の定義とは少し文言は異なりますが、抗菌が「菌の増殖抑制」であるのに対し、除菌は「菌を減少させること」としたのです。
J:
こちらのJISは、一般的な「アルコールスプレー」による除菌と何が違うのでしょうか?
射:
アルコール除菌は「能動的な製品」、今回の繰返し除菌は「受動的な製品」というイメージを持っていただくと分かりやすいと思います。
アルコールスプレーは、シュッとスプレーをして、そこについている菌を減らすことになりますよね。今回のJISは受動的なもの、つまり「加工された表面」の性能を調べようとするものなのです。
例えば、固定化作用のあるスプレーを表面にして、それが例えばコーティングのような形で残るのであれば、今回のJISを使っても性能評価は可能です。
もっと言えば、今回のJISは液剤そのものの評価をしようとするものではなく、表面が加工されたものに菌が付いたら、菌が減少する、この性能を調べようという目的で出来ているのです。
J:
なるほど、基本的には「加工された表面の評価」ということなのですね。
射:
そうですね。待ち受けている側の評価方法になります。

除菌の対象とは?

J:
菌、ウイルス、カビなど、いろいろあるように思いますが、今回のJISはそれらすべてが対象なのでしょうか?
高:
まず、菌、ウイルス、カビの違いですが、微生物を進化系統樹で分類すると、真正細菌(バクテリア)、古細菌(アーキア)、真核生物(カビなど)に分類されています。ウイルスは単独では増殖することができず、動物や植物の細胞を利用して増殖します。
将来は生物に分類されるかもしれません。

 


系統樹における菌、ウイルス、カビの整理

ウイルスが除菌の対象に入るかと言えば、ウイルスの数が減少させられれば、「除ウイルス」ということになりますが、ウイルスは動物や植物の細胞を利用してのみ増殖するので、そもそも、ウイルスにはモノの上での増殖抑制という考え方がありません。
ウイルスが増えるのは、人や動物の体に入ってからですので、それを抑えるのはもう「薬」ですよね。
ただ、繊維素材や硬質材料表面でウイルスの数が減少することを評価する、「抗ウイルス性試験」がJIS規格やISO規格(繊維:ISO 18184:2019, JIS L 1922:2016)、(硬質材料表面:ISO 21702:2019)としてありますので、今後ウイルスについても注目は集まることになるだろうとは思っています。
射:
現行のJISについては、あくまでも細菌を対象にした試験方法としています。この試験方法を用いて分かるのは除菌の性能ですが、ウイルス、カビが今後必要、という社会あるいは企業の要請があるならば、方法論としては今回のJISを踏襲しながら、(規格の)バリエーションを増やしていくことはあり得るかもしれません。
J:
世の中では菌、ウイルス、カビが混同されて使われている場面も多いように思います。
射:
たしかに。カビは、菌と言えば菌で、「真菌」という表現をした場合、菌という単語が付きますが、除菌は細菌(バクテリア)を減少させることを意味していて、カビを減少させることは含まれないように思うのですが、これについて、高麗先生はいかがお考えでしょうか?
高:
分かりやすく言うならば、「除カビ」というべきですね。「除菌」といいますと、非常に広くなりますので。「カビを減らす」ということです。
射:
除菌とはあくまでバクテリアの減少ということなのですね。
高:
そのとおりです。

JIS Z 2811の対象となる場所

J:
今回の規格で想定される対象物は「加工された製品の表面」とのことでしたが、具体的にはどのようなもの・場所になるのでしょうか?
射:
この規格でいう製品は、医療用ではなく、雑貨品に分類されるものなので、表現は難しいですが、本質的には、「衛生的な環境が求められるような、様々な環境、人が集まる場所」ということになります。
その中にはもちろん病院もあるでしょうし、介護施設や学校などもあると思います。 いずれにせよ、「触れる可能性がある場所、表面を衛生的に保ちたいところ」で、その中でも、「より衛生的な環境が求められるような場所、菌が減少した方がよい、と思える場所」です。
端的に言えば、「人がよく集まるような場所、手で良く触る場所」を想定しています。イメージとしては、手すりや家具、家電などの表面かもしれません。
なお、JISの対象は「吸水しない表面」なので、繊維は対象に入りません。
J:
抗菌と除菌は共存するものという理解なのでしょうか?それぞれが必要な場所があるとすれば、シーンによって使い分けるイメージになるのでしょうか?
高:
除菌は強く菌をやっつけることではあるのですが、一方でそういう薬剤を使いすぎるというのもいかがか?という部分はあります。最小限菌を減らすことで、例えば、「靴下が臭くならない」などの副次的効果が得られますが、むやみにすべての微生物を殺してしまうことは不必要です。必要なところのみ使う、ということですね。
J:
なるほど。むやみにすべての菌を無くすことは人間にとって良いことばかりでもない訳ですね。
高:
あまり殺してしまうと、ある日突然耐性菌が出てくることにもなり得ます。
18世紀では、バクテリア、細菌をやっつけるためには、3回程度の殺菌を行っていました。
射:
除菌、抗菌について補足しますと、これは優劣ではなく、「種類」の問題なのです。高麗先生がおっしゃったとおり、様々な想定範囲があり、是も非もあると思います。是の方としては、衛生環境が求められるところには抗菌加工を施す、ということは必要ですが、その中で、「特に衛生的環境が求められる場所」については除菌を施した方がよい、ということです。


【話し手】
 工学博士
 徳島大学名誉教授
 日本防菌防黴学会名誉会員、高麗微生物研究所 所長
 高麗 寛紀



【話し手】
 工学博士
 大阪大学大学院工学研究科 博士課程修了
 一般財団法人日本繊維製品品質技術センター 神戸試験センター センター長
 射本 康夫


 細菌、かび、ウイルスを用いた微生物試験業務に従事。
 微生物試験に関連したJISやISO規格の制定に携わる。
 ISO/TC38/WG23コンビナー、ISO/TC61/SC6/WG7エキスパート。