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第2回JIS Y 2001の概要②(全3回)

JIS Y 2001(貸出福祉用具のメンテナンス工程の管理に関する一般要求事項)制定にあたって

第2回
JIS Y 2001の概要②(全3回)

1. 「現場による運用」の限界

 貸出福祉用具のメンテナンスの実態において、最も大きな課題は、一定品質の担保であるといえる。
 わかりやすい例で言うと、メンテナンスに携わる実務者が離職などで変わってしまった時、それまで行ってきたメンテナンスのレベルが下がってしまったり、管理者が変わることで求める水準が変わってしまうことは、往々にしてある。
 この水準が変わる最も大きな理由に、「文書化していないことを個人の認識などによる運用でカバーする」という実態がある。
 「現場による運用」は例外や多様性への対応に非常に有効である。その一方、「現場による運用」は、「個別対応をする必要性がある」という言葉を隠れ蓑に、マニュアルを作成するために必要な労力や経費を避けるために使われているケースも多く見られる。
 様々な「運用」があるが、判断を求める内容を「個人の認識による運用」で実施していると、都度の判断が安定しないという状態が起こるため、きちんとした品質管理のシステム構築が行われていない場合、管理者が変わると品質の担保ができないという結果に至ってしまう。
 また、一つの企業が複数のメンテナンス事業所をもっている場合も、異なる運用を行っていることで、品質が異なっていることが多い。
 個別の業務は可能な限り、詳細に文書化を行い、これらの各文書の連動するフローを別の文書によって明確にすることが、一定品質の担保に有効であるということが言える。
 つまり、基準となる文書を作成し、その文書を有効的に活用することが、本来「運用」というのであって、文書化していないことを個人の認識などによる運用でカバーするのは、メンテナンス作業の工程にとっては、不適切といえる。


図1:ヒューマンエラーの起こる原因


2. 文書化と記録

 一定の品質を担保するためには、指示命令系統やそれぞれの職位の責任の範囲や、それぞれの力量などを明確にすることが必要である。
 その明確にすべき内容には何があるのかということを、貸出福祉用具のメンテナンス工程に必要な項目として JIS Y 2001では明示している。
 これら必要な項目に共通していることは、「文書化」である。文書化することによって、同じ事柄に対する判断が異なることを防ぐことができる。
 これらの文書の中で、作成し、維持することが難しいと考えられるものに、メンテナンスマニュアルがある。
 製造業者が作成するメンテナンスマニュアルは、大半が部品交換方法に限られた内容であることが多い。しかし、製造業者以外がメンテナンスを行う場合に求めるメンテナンスマニュアルには、単純な交換部品の破損だけではなく、継続使用するためには、部品交換を前もって行っておくべきか否かの判断も求められる。
 たとえば、製造業者以外が、廃棄の判断を行うためには、廃棄基準が必要となるが、同じ部品であっても、その素材特性や使用頻度によって、廃棄に至る期間が異なってしまう。
 つまり、廃棄判断として一定期間を設定した場合、廃棄に至る状態になるまでの期間が、その設定した期間より短くなることも長くなることもある。しかし、製造業者は新品での出荷が基本であるため、消耗・摩耗・経年劣化など、品質が怪しければ、新品に交換するという考え方が基本となる。
 貸出しという形態を事業として考えた場合、廃棄しなくてもよい状態であるにもかかわらず部品交換を行うことは経費負担増であり、逆に、廃棄しなければならない状態であるにもかかわらず部品交換を行わないことは安全を放棄することになってしまう。
 これらを考えると、貸出すという流通形態において、ある一定の使用頻度・継続使用期間を想定した出荷状態を設定することが必要である。
 素材や部品の廃棄基準について、明確な指標がないことを踏まえると、メンテナンスを行う事業者が、出荷する商品について、どこまでの責任を負うのかという内容が、その事業者にとっての廃棄基準であると言える。なぜなら、使用頻度や期間の異なる材質に対する画一的な廃棄基準が明確でないのであれば、使用頻度や期間の想定を行い、想定した期間が安全に使用できるという判断を行うのは、メンテナンスを行う事業者自身だからである。


図2:メンテナンスマニュアルの一例


3. メンテナンス実務者の力量

 福祉用具のメンテナンスは、自動車整備士のような国家資格が存在しない。
 強いて挙げるとすれば、日本の車椅子出荷台数の大半を占める多数の車椅子製造業者が実行委員となって養成講座を行っている「車いす安全整備士」という民間資格があるが、これが対象としている福祉用具は車椅子に限定されている。
 このような業界事情において、メンテナンス実務者の力量を求める場合、製造業者が考える安全のレベルに相当する教育を、メンテナンス実務者が受けているか否かを見極めることが必要となる。
 そのため、メンテナンスマニュアルに基づいた作業についての研修を受けていることと、その作業が適切に行えることのエビデンス(根拠)が必要となる。
 前述したように、福祉用具メンテナンスの国家資格がないため、「研修の明確なカリキュラム」「研修指導要綱」「力量判定手法と判定基準」の指標も存在しない。車いす安全整備士には、この三点が存在するが、あくまでも民間資格であり、車椅子に限定している。
 現状、メンテナンス実務者の力量は、メンテナンスマニュアルに基づいた作業が的確に実施できることを、最低限度の基準とすることとなる。
 逆にいうと、メンテナンスマニュアルが力量の基準の全てであるため、メンテナンスマニュアルに記載されていない内容をメンテナンス実務者が実施した場合、問題が発生したときは、メンテナンス実務者個人の責任となり、その個人を雇用している事業者の責任となってしまう。
 非常に極端な例になってしまうが、メンテナンスマニュアルを読めばメンテナンス実務者として作業を行っても良いという力量設定を事業者が行った場合は、メンテナンスマニュアルさえ読むことができれば、その事業者では力量があるということになる。
 但し、実際の実務において、メンテナンスのミスや、それに基づく事故について、メンテナンス事業者はその責任を負うことになるため、マニュアルを読めば問題ないとしてしまうような力量設定をすることは通常あり得ない。
 指導する内容に差が発生しないために「研修の明確なカリキュラム・テキスト」、指導する管理者が異なることで差が発生しないために「研修指導要綱」、判断方法や判断基準が異なることで差が発生しないために「力量判定手法と判定基準」という、この三点は力量確保のために必要な文書となる。


図3:「研修の明確なカリキュラム・テキスト」、「研修指導要綱」、「力量判定手法と判定基準」の一例


【執筆者】
西山輝之(にしやまてるゆき)
1970年大阪府生まれ、龍谷大学法学部卒。一般社団法人 日本福祉用具評価センター(JASPEC)事業部部長。
介護保険制度施行以前より、福祉用具専門相談員として従事。福祉用具貸与事業所管理者、福祉用具卸(販売・貸与・メンテナンス)業の関西支社長職を経て、現在、JASPECの研修事業並びに臨床評価事業に従事。
・車いす安全整備士養成講座運営主幹、座学実技講師
・経産省受託事業:ロボット介護機器コンソーシアム安全ワーキング参加、人体型ダミー開発、ロボット介護機器評価表作成
・文科省受託事業:リカレント教育プログラムの開発「介護における車椅子シーティングに関する技術習得のための分野横断型リカレント教育プログラムの開発」委員参加及びメンテナンステキスト作成
・JIS Y2001原案作成委員会事務局主担当

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