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ロングインタビュー 辻本美博氏に聞く「スタンダード」(後編)

2023/06/14

★アンコール掲載(初掲:2020/10/29)★

中編ではセルフマネジメントやカイゼンなどについて伺いました。
ロングインタビューの最後である後編では、ウィズ・コロナ下の「新たな時代のスタンダード」についてお伝えします。
なお、サムネイル画像は、辻本様撮影の写真です。



ダーウィンの言葉
取材陣:
新型コロナウイルス感染拡大防止による状況下では、人を集めての演奏が難しく、多くのパフォーマーが悩まれているように思います。辻本さんはこの状況をどう捉えているのでしょうか。
辻本氏:
ダーウィンの名言に(ダーウィン本人の言葉かどうかは諸説ありますが)「強い者や賢い者が生き残るのではない。変化できる者が生き残るのだ」という言葉があって、その時代から一緒なんだなと思っています。
今、新型コロナウイルスの影響によってほぼ全ての業界がダメージを受けていています。例えば、小売業や運送業等のように大変な業務をこなしてくださった結果売上が伸びているところも0ではないですが、その他ほとんどの業界は厳しい状況ではないかと思います。
自粛要請が最初に来たのは、音楽や舞台の世界で、僕も実際に2月末から公演ができていない状況です。ただ、波の大小こそあれ音楽業界ではこれまでも様々な変化が起こってきたと思うのです。
例えば、レコードが登場した時には、演奏者は生演奏をする機会がなくなり仕事がなくなるのではという不安が出たと思います。レコードもやがて形が変わり、カセットやCDになっていきますが、カセットが出てきた時点で音楽のコピーができるようになり、音楽のレンタル業態の仕事が生まれ、音楽は買われないが、それ以上にレンタルで聞かれるようになった、ということもありました。テープがMDになったなどはハード面の変化だけですが、その後も音楽業界は波が起きていて、昨今CDは売れない時代ですが、逆にライブ産業は右肩上がりであるというデータもあります。実際の肌感覚でも大小さまざまなライブやフェスは2010年代頃から市場がどんどん大きくなっているように感じます。やがてCDを売る新たな戦略として「握手券」の登場もありましたね。
取材陣:
いわゆるAKBの戦略ですね。
辻本氏:
そして更に新たなサービス、サブスク(サブスクリプション:提供する商品やサービスの数ではなく、利用期間に対して対価を支払うサービス)が出てきてCDが買われなくなり、CDが売れなくなったと嘆く人を多く見てきました。しかしどんどん世の中にサブスクが浸透していく流れの中で1再生でアーティストにどれくらいお金が入ってくるだとか、それこそサブスクで有名になるといった思考が見られるようになりました。このように音楽業界は常に変化していくものです。
極端に言えば現在音楽業界でできなくなっていることは『ライブ』だけで、それ以外は全部とは言わないまでも、できることは沢山あると思っています。緊急事態宣言が発令される直前には、音楽業界では会場を借りて有料の無観客配信も模索しており、これは良い取組みだと思いました。
取材陣:
有料の無観客配信とはどのようなものでしょうか?
辻本氏:
有料の無観客配信は3月末頃に出始め、様々な課題を解決してくれると感じました。演者もライブハウスもホールもただ営業停止になってしまうところを、会場を使うので会場料が発生し、お客様からオンラインでチケットを買っていただき、オンラインで観てもらうので演者へのギャランテイ―も発生します。これは定着するだろうと思いましたが、緊急事態宣言が発令され、スタッフさえも集まることができなくなってしまいました。
そうなったらそうなったで、今度は自宅から一歩も出ないで配信するというカタチが出てきました。その中でも自前の有料配信ではなく、ライブのプラットフォームを使い、イープラス等(チケット予約・購入・販売情報サイト)でチケットを配券してライブハウスを通す「オンラインライブハウス_仮」という取り組みがあります。チケット配券手数料はイープラスに入りますし、取り仕切ってくれるライブハウスにもお金が入ります。
やるのであれば、やはり裏方さんにもちゃんとお金が入るようなシステムでやりたいと思っていたので僕もその取り組みの中でやり始めました。
緊急事態宣言が解除され、それでもSNSでライブハウスが叩かれたり、東京都のロードマップでライブハウスが利用できなかったりということを受けて、事態をネガティブに捉えている音楽業界の方々もいるのですが、僕からすると少なくとも1歩前進じゃないかと思っています。
取材陣:
なるほど、先程ダーウィンの言葉がありましたが、変化への適応は今の状況もそうですし、新しい基準を作ることもなんとなくこれに近いような気がします。しっかりとしたベースを持った上で変化を恐れないマインドがある人はジャズの世界でスタンダードを打ち立てられるし、このような状況下でも地に足をつけて生き残れるのではないでしょうか。
辻本氏:
そのとおりですね。
取材陣:
最後に辻本さんが今後音楽家としてどうありたいか、その信念についてお聞かせいただければと思います。
辻本氏:
学生の時の「筋トレ」時代からプロとしてやっている今とでは考え方が大きく変わりました。学生時代〜演奏家になりたての時は、「売れたい」とか「有名になりたい」とか若気の至り的な純粋さの塊でした。良くも悪くも混ぜものが少ない感じというか。でも、プロとしてやっていくにつれて混ぜものが増えてくるんです。でもそれって良いことだと思うんですよ。ここまで来させてもらっているのは、綺麗事でもなんでもなく、自分だけの力ではありませんし、有形無形の支援があってこそなんです。プロとして続けていく中で、「お客様1人ひとりがいるから自分たちが存在できている。」と実感する段階に差しかかります。そしてさらに、こちらが「ありがとうございます。」とお客様に感謝し、お客様からも「素晴らしい演奏を聴かせていただきました。元気になりました。ありがとうございます。」と感謝されるサイクルに入っていきます。「なんて素敵なことなんだ!」と思いますね。
さらに第3段階と言いますか、お客様を含めてお世話になった方々を有事の時に守りたいという思いが強くなりました。
これまでの恩返しもあるのですが、今のこのコロナ渦という有事に自分ができることは、お世話になったライブハウスやお店にクラウドファンディングで1口、2口寄付することや公演で協力することぐらいです。
分かりやすい事例では、back numberさんが全国のライブハウスに何千万円もの寄付をされたのですが、それが音楽家として大成する理由なのかなと。
自分がご飯を食べていくだけとか、自分が有名になりたいとか、売れたいとかだけだと無理が出てくると思います。今後プロとして活動していく中で変わっていくのかもしれませんが、今の時点ではお世話になった方々を守りたい気持ちが強くあります。現在コロナウイルスの影響がありますが、数年前の自分と今の自分を比べると、微力ではありますが人のために動くことも考えられていると思います。
取材陣:
応援してくれる人たちに思いをはせ、外に発信される姿勢は素晴らしいと思います。
先程、楽器を武器とおっしゃっていましたが、結局人を救うための道具として使われているのではないでしょうか。
辻本氏:
昔は本当になぎ倒すためだけの武器だと思っていましたが(笑)。今はそうありたいと心から思っていますね。
取材陣:
(笑)。「辻本スタンダード」炸裂ですね。今はこういう状況ですが、ピンチはチャンスであり機運をつかんで危機の時でも深く考えて変化していくのが「新しいスタンダード」である、というのが本日のお話しの根底にあるように感じます。機運をつかむには感度や、圧力があってもはじき返す強さ(レジリエンス)が必要です。
「辻本スタンダード」がここで生まれたのではないでしょうか?このスタンダードの影には「筋トレ」ありですね。
様々なヒントが得られるお話しだったと思います。
本日はありがとうございました。


辻本美博 クラリネット&サックス奏者

奈良県奈良市出身2月14日生まれ。中学、高校時代は吹奏楽部に所属し、クラリネットを演奏。高校時代は全日本吹奏楽コンクールに2度出場し、いずれも金賞を受賞。その間クラリネットソロにおいても数々の賞を受賞しクラリネットソロ演奏活動を始める。大学進学後はALS JAZZ ORCHESTRAにてアルトサックスと出会い、サックスプレイヤーとしても活動を開始。同ビッグバンドにて、全国大会である山野ビッグバンドジャズコンテストにおいて上位入賞。

現在は2013年にワーナーミュージック・ジャパンよりメジャーデビューしたエンタメジャズバンド『Calmera(カルメラ)』のサックスプレイヤーとして活動中。直近リリースした3作品はオリコン週間インディーズチャートに連続してトップ10入りを果たす。ライブ活動も『SUMMER SONIC』をはじめ野外フェスへの出演、大阪・なんばHatchで開催したワンマンライブでは1200人を超える動員を記録するなど精力的に活動している。ライブのキラーチューンである『犬、逃げた。-ver. 2.0-』がSONY『h.ear ×WALKMAN(R)』(ソニーマーケティング株式会社)のテレビCMソングに起用されたことでも話題に。

また、辻本美博としては、2014年に奈良県天理市から天理市を代表するミュージシャンとして委嘱を受け『天理市PR大使』に就任し、2015年9月には自身初となるクラリネットソロリサイタルを天理市文化ホールにて行い盛況のうちに成功をおさめた。2016年7月には世界的木管楽器メーカービュッフェ・クランポン・ジャパンからの委嘱を受け『ビュッフェ・クランポン・ジャパン公認アドヴァイザー』に就任。同月にはMotion Blue YOKOHAMAでのソロ公演も成功におさめた。その後、国内唯一のクラリネット専門誌『The Clarinet』での連載にも抜擢。そして近年は自身の演奏活動だけでなくアーティストサポートやテレビ・映画・CM等のレコーディングにも積極的に参加しており近年では『映画 四月は君の嘘』『アニメ 恋は雨上がりのように』『フジテレビ系月9ドラマ コンフィデンスマンJP』『NHK土曜時代ドラマ ぬけまいる』等々の作品に参加している。