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第4回 ステークホルダーエンゲージメント

ISO 26000発行10周年記念

第4回
ステークホルダーエンゲージメント

 ISO26000の功績は多数あると思うが,その中でも最も重要なもののひとつは,組織の社会的責任におけるステークホルダーの重要性を強調し,ステークホルダーエンゲージメントを社会的責任のためのマネジメントの中核に組み込んだことであろう。
 ISO26000は「社会的責任の原則」を制定し,その5番目に「ステークホルダーの利害の尊重」を掲げ,「組織は,自らのステークホルダーの利害を尊重し,よく考慮し,対応すべきである」と規定している。 そして実行すべき行動の第一に「誰がその組織のステークホルダーかを特定する」という「ステークホルダーの特定」を掲げている。
 CSRにおいてステークホルダーの重要性はこれまでも強調されてきたが,それは多くの場合,株主や投資家,従業員,消費者,地域社会の住民のように,既存の利害関係者がイメージされていた。もちろん,これらの「伝統的な」ステークホルダーはISO26000において重要なステークホルダーには変わりはないが,さらに広範囲なステークホルダーが対象になりうるとして,以下のように説明している。

「そのステークホルダーがその組織の統治において正式な役割を持たないとしても,又は自らの利害を認識していないとしても,組織の決定又は活動によって影響を受ける可能性ある利害をもつステークホルダーの見解を考慮する。」(4.5節)

 上記の文章は,組織にとってのステークホルダーを法的な権利関係を超えて,「影響の受ける可能性」にまで拡充したことで,非常に重要な規程である。この観点から,「ステークホルダーの特定」が重要なプロセスになるのである。さらにISO26000では,ステークホルダーの特定とステークホルダーエンゲージメントを,5.3節として独立させて,詳しく説明している。
 ここで重要なことは,組織にとってのステークホルダーは自明のものではなく,組織が自ら社会に対して探していくことが求められるということである。物言うステークホルダーだけでなく,何も言わないけれど,組織の活動から影響を受ける可能性のあるステークホルダーを見つけ出して,積極的に対応していくことで,組織の社会への負の影響を削減し,正の影響を増加させることができる。このようなISO26000の思想は時代の最先端を行くものであった。
 実際,ISO26000が発行されることによって,ステークホルダーがCSRの中心に登場してきた。ステークホルダーエンゲージメントの一環として,ダイアローグを積極的に開催する企業が増加し,マテリアリティ分析においても,ステークホルダーの意見を聴取することが一般化した。ステークホルダーの意見を十分取り入れたマネジメント手法がうまく機能している稼働についての保証もAA1000ASとしてイギリスを中心に広がった。
 しかし,ISO26000の発行から10年たった現在,ステークホルダーは,ISO26000で示されているほどCSRの中心であると言えるであろうか。企業のCSR担当者はステークホルダーの意見を実務に反映させるために日々努力しているであろうか。そもそもステークホルダーの特定のプロセスを地道に実践している企業が何社あるであろうか。
 むしろ,CSR担当者が注意を向けているのは,ESG評価機関の評点やサステナビリティ報告のガイドラインで,毎日のように送られてくる質問票への対応や,目まぐるしく変わると同時に,新規の基準が次々生まれる開示事項の要求に対応することで精一杯の状況ではないか。以前は,ステークホルダーダイアローグを掲載していた企業も,取りやめてしまった企業も少なくないのではないか。
 ESG評価機関の基準やサステナビリティ報告書のガイドラインを重視することは必要であろう。それもステークホルダー対応の一つであることは確かである。しかし,それはあくまでも一般化された評価項目や基準に過ぎず,あなたの企業の活動から影響を受けるステークホルダーからの生の声ではない。評価項目や開示項目の背後に存在しているはずのステークホルダーの存在を忘れるとCSR活動はたちまち形骸化してしまう。
 ISO26000は,組織の社会的活動の内容を標準化した。しかし,それぞれの活動をどのように行うべきかは,ステークホルダーとエンゲージメントによって進めるべきである。ISO26000はエンゲージメントの方法は標準化したが,中身は特定していない。これはISOが目指すことが,システムの標準化にあるためである。
 しかし,ESG評価機関の評価項目や報告書の開示基準は,報告内容を特定化することによる標準化で,企業はステークホルダーの意見を聞くことなくCSR活動を実施する傾向がますます強まっている。ステークホルダーの存在を忘れ,ESG評価機関の評価に一喜一憂し,ESG評価の高い企業をステークホルダーが評価するようになってしまうと,組織の社会的責任は,いずれ社会での存在根拠を失うことになるであろう。
 ISO26000が発行された当初は,CSRの重要性を認識しない経営層を嘆く声が多かったが,現在は,SDGsの重要性を認識しない一般従業員を嘆く経営層が多くなった。経営層は,あなたの会社の社員がSDGsに関心がないのは,それが現実から乖離していることに気づかなければならない。
 そのためにも原点としてのISO26000を今こそ読み返すべきであろう。

本コラムは今回で完結です。

【執筆者】
神戸大学大学院経営学研究科教授
國部 克彦


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