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第2回 ISO26000と21世紀の社会的責任

ISO 26000発行10周年記念

第2回
ISO26000と21世紀の社会的責任

 ISO26000が発行されて10年が経過した。この規格は10年近い討議期間を経て,2010年に発行されたことを考えると,ほぼ20年の時間が流れており,それは21世紀の時代そのものに相当する。21世紀は,歴史上初めて企業の社会的責任が定着した時代である。それにはISO26000の発行が大きな役割を果たしたと考えられる。
 企業の社会的責任は,20世紀を通じて,世相を反映して強調されることもあれば,衰微することもあり,時代を通じて揺れ動く流行のように受け止められていた。企業の社会的責任は,20世紀初頭から問題にされてきたが,ここでは70年代以降の経緯を振り返っておこう。
 1970年代は,ベトナム戦争後の人権意識が高揚した時期であったことと,経済成長による公害問題が各地で発生したことを受け,世界レベルで企業の社会的責任が問題視された。このことによって,企業に対する規制は強化され,企業も,社会や環境に対する取り組みを強化することを余儀なくされたのであった。
 しかし,1980年代にはいると,アメリカは共和党のレーガン政権,イギリスは保守党のサッチャー政権,日本では中曽根政権が成立した。これらの政権は,規制緩和を進めて企業の競争力を高め,経済成長を重視する新自由主義的な政策を採用したため,今度は,企業の社会的責任の要求は大幅に後退したのであった。このような経験を通じて,企業の社会的責任などと言っても,一時的な流行に過ぎないという感覚を持った経営者は多くいたと思われる。
 企業の社会的責任が流行であるとすれば,再び,盛んになるときは来るもので,それを後押ししたのが地球環境問題であった。1992年にはブラジルのリオデジャネイロで開催された地球サミットが大きな契機となり,世界は再び社会的責任に舵を切るのである。地球サミットの画期的なことは,これまでの公害問題を地球全体の環境問題として捉えなおしたことであった。ちなみに,この会議を受けて,ISOでは1993年にTC207を設置し,環境マネジメントに関する規格化が進むのである。
 問題が地球全体に広がったことで,自然環境破壊だけでなく,人権や貧困あるいは差別などの社会問題も地球規模で解決しなければならない問題であるという意識が高まってきた。当時はアメリカでは民主党のクリントン政権,イギリスは労働党のブレア政権が成立し,新自由主義的政策から,社会問題にも重点を置いた政策へ移行しつつあったことも,この傾向を後押しした。特に,ブレア政権が掲げたすべてのステークホルダーを重視するという「ステークホルダー・エコノミー」という方針は,世界が,それまで企業か労働者かの二者択一的な選択肢から脱する大きなきっかけとなった。
 そのような中で,1970年代から20年ぶりに表舞台に出てきた概念が企業の社会的責任(CSR)である。CSRという略語が世界に広まったのは,EUが2000年以降,CSRを政策の中心のひとつに据えたことが大きな要因であるが,それがアメリカ,アジア,アフリカなど全世界の共通語となったことは,企業の社会的責任が,すでに世界共通の問題となっていたことの証左でもある。
 しかし,社会的責任を一時の流行に終わらせるべきではないことは,この分野で長年活動してきた組織の人々はよく分かっていた。これは世界で共通の認識で,多くの組織が社会的に責任に関する自発的な基準を作り出した。その先駆は,GRIの「サステナビリティ報告ガイドライン」(現:サステナビリティ報告スタンダード)である。GRIのガイドラインは,法的拘束力のない民間機関が開発した情報開示の基準で,初めて世界に普及したものであり,それまでのビジネスの常識を超えるできごとであった。
 企業の社会的責任において,情報開示は活動が終わってからの報告であるから,本来は社会的責任についての活動が最初に体系化されるべきであった。情報開示指針はあっても,活動指針がなければ,情報開示を実質化することはできない。この役割を担ったのが,ISO26000である。
 しかし,企業だけでなく,組織の社会的責任一般を扱う場合,その全体像を体系化することは非常に困難な作業である。多くの場合,それは項目の羅列に終始しやすい。しかし,項目の羅列では,組織がその対象をマネジメントすることが難しい。マネジメントするためには,核となるコンセプトが必要で,そこから全体を体系化しないと,社会的責任は組織活動の中に根付くことはできない。
 ISO26000はこの極めて困難な課題に挑戦して成功した歴史に残る成果である。このことによって,企業の社会的責任(CSR)は制度化され,規格発行から10年がたっても,CSRは廃れるどころか,世界の企業がSDGsをはじめCSR活動に熱心に取り組んでいることからも明らかなように,ますます発展している。このような基盤を形成したISO26000の意義は決めて大きいと言えるであろう。
 次回以降のコラムでは,規格の中身について,その社会的意義を考えていきたい。

【執筆者】
神戸大学大学院経営学研究科教授
國部 克彦


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